第9回 指宿市 温泉郷の大衆浴場(1) 指宿温泉郷 「弥次ヶ湯温泉」
新型コロナ感染症が5類に移行されてから、国内の観光地や温泉地をめぐる番組が増えてきた。そのなかでも砂蒸し温泉をメインにした指宿の紹介が多いように感じる。
指宿は、霧島とならぶ鹿児島県内有数の温泉郷である。指宿市観光課のデータでは、令和元年は、入込観光客数は年間370万人を超えていた。市の人口3万7千人のおよそ100倍にあたる人々が国内外からここを訪れていたのは、数多い老舗の温泉旅館やホテル、絶景の海岸線がひろがる露天風呂、そして、世界で唯一ここでしか体験できないといわれる天然の砂蒸し温泉など観光資源の豊かさからだろう。コロナ禍の影響で、令和3年、観光客は年間220万人まで減少してしまったが、温泉郷としての魅力は衰えてはいないはずだ。ウィズコロナとなったこれから、観光客数も回復し街に以前の活気がもどってくることを願いたい。
ところで、指宿市という一大湯の町に暮らしている地元の方々は、普段どんな温泉ライフを過ごしているのか気になるところだ。毎日砂風呂に埋められるわけにもいくまい。手軽で身近な、入り心地のよいお湯があるに違いない。インターネットで「指宿 大衆浴場」と検索してみると17の浴場が掲載されているページが現れる『いぶすき観光ネット』。
入浴料はだいたい300円から350円、なかには150円で入れる浴場もある。この価格なら毎日だって銭湯感覚で利用できる手軽さはある。けれども、湯屋のおもむき深さやお湯の入り心地などについては、やはり実際に行ってみないことには、パソコン画面からは伝わっては来ない。ということでまず、ネットに掲載されている大衆浴場、弥次ヶ湯温泉を訪ねてみた。
鹿児島市内から南に向かって国道225号線を経て国道226号線を南下。車は左手に波静かな錦江湾を、さらに対岸には桜島、大隅半島の山並みを観望しながら走る。国道のすぐ右横を並走しているのはJR指宿枕崎線だ。ディーゼルカーに揺られながら、缶ビールを置いた車窓から見る南国の景色もきっといいものだろう。
指宿市内に入るとすぐに「道の駅いぶすき」が見えてくる。ここで販売されているソフトクリームは、オクラが練り込まれているクリームの横に、寄り添うように塩ゆでオクラが乗っていて、けなげで健康的においしい。
市街地に入ると、田口田交差点から左折して「なのはな通り」に入る。JR指宿枕崎線を越えると正面に海に向かって平地がひろがっている。この道を直進すれば、老舗温泉やホテル、砂蒸し温泉などが建ち並ぶ指宿温泉街に通じているのだが、すぐに左折して市役所方向にむかう。
市役所を過ぎると300mほどで左手に「♨創業明治25年弥次が湯温泉」と書かれた茶色の看板が見える。矢印にしたがって小径にはいるとすぐに駐車場、その奧に2棟の木造の湯屋が建っている。温泉街からはほどよく離れていて、田んぼに面した静かな立地である。
参考にした三国名勝図会に「水田の間に湧出す、(中略)、往昔 弥次といふ者掘出せり。故に其の名を得たり。」とあることからも、いま目にしている風景は昔のままなのだろう。
二つの建屋はどちらも明治からの百年を経たおもむきを醸し出している。右の湯屋の妻面に「弥次ヶ湯温泉」、2階建ての方の軒下には「やじがゆ温泉大黒湯」と表札が掛かっている。
受付で初めて来たことを告げると、ふたつの湯の違いと使い方を教えてくれた。
・弥次ヶ湯は源泉のまま薄めてないし、ちょっと熱いが決して薄めないこと。
・大黒湯は泉源が別で高温のため水で薄めて少し入りやすい温度にしてあること。
・入り口は別々だけれど、中でふたつがつながっているので交互に入浴できること。
・大黒湯2階の風情の残る休憩室にも上がって休めること。
ここはやはり源泉100%の弥次ヶ湯温泉の方から入ってみよう。
脱衣場から天然竹の壁で囲われた浴室までは、蹴上げ15cmほどの階段を4、5段おりる。石造りで一坪ほどの広さの湯舟に、素晴らしく透明な温泉をたたえており、松か桧の底板が敷かれてある。掛け流しの吐出し口も洗い場の蛇口もない。Simple is Best!
お湯は熱めだが、少し気張って入り慣れてしまえば、あとはどうということはない。落ち着ける入り心地を堪能できる。浴場を移動するにはいったん脱衣場に上がって、向こう側の大黒湯の浴室にまた下りる。
造りは弥次ヶ湯とほぼ同じだが、石張りの壁の洗い場には鏡と水の蛇口、階段には手摺りも設置されている。お湯は淡い濁りがあり、説明通り幾分低い温度に薄めてある。老若問わずゆっくりのんびり入るのに申し分ない浴室がしつらえてある。
どちらの泉質も、参考にした資料には「塩化土類含有弱食塩泉」と記載されている。塩味のついたミネラル温泉ということだろうか。なめてみると塩辛く感じ、肌触りはいたって滑らかだ。さらにその本には、指宿温泉のほとんど泉源の成因は、海水と池田湖・鰻池などの湖水とが混合し、それが地下にあるマグマの熱によってあたためられて湧出していると書かれている。火山活動と海のなせる技なのだろう。
資料の温泉利用状況(昭和58年3月現在)に、弥次ヶ湯地区の顕著な特徴が見られた。それは、園芸への熱利用だ。ここでは、全地区で199箇所あるうちの82箇所の農場で植物栽培の加温に使われているという。すでに大正時代には温泉熱を新たな農業に活かそうという試験場が設立され、そこで様々な植物の栽培実験が実施されていたと記されている。その成果が現在まで引き継がれているのだ。
湯屋の窓ごしに、今まで見たことのない美しいピンクの花が青空に映えて咲いていた。この花が弥次ヶ湯温泉の歴史を物語っているようだ。
次に訪れるときには、ここの自炊棟に宿をとり、2階の休憩室でゆったりとひろがる田んぼを眺めてみようと思っている。
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弥次が湯温泉 定休日木曜日 大人350円
参考・引用:
公益社団法人 指宿市観光協会HP
いぶすき観光ネット
三国名勝図会
指宿市史
鹿大農場研報 指宿の温泉熱利用農業の振興 石畑清武(1999年10月10日受理)
(M田)
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