M田のぶらり旅・「知足の極み天ぷら蕎麦 大黒屋」

第14回 姶良市加治木町 知足の極み 天ぷら蕎麦「大黒屋」

 姶良市加治木は鹿児島空港の南に隣接する町である。高速道路やバイパスが整備されて景観は昔とは変わってきたのだろうが、町全体から深い歴史が伝わってくるような興味の尽きないまちだと思う。特に、加治木高校から柁城(だじょう)小学校に続く通りの石垣と家並みは鹿児島県内のほかの武家屋敷群とは一線を画す格調の高さを感じるものがある。

 そのような加治木を見て廻りたい。

 

 溝辺鹿児島空港から、県道55号線の坂を下り、高速道路の高架をくぐると加治木市街である。東には加治木工業高校の校舎が見えている。この往還の左手に大黒屋の暖簾がゆれている。油断をすると見落としてしまいそうなほど歩道からすこし奥まった位置に掛かっている暖簾である。車で訪れる人には店の裏手にある駐車場をしめす案内板がよい目印になるだろう。

  

 

 掃除の行き届いた間口と店軒に掛けられた鶯色の暖簾に白抜きの文字が快い。これをくぐって店に入ると左手に開けひろげの厨房がある。

 

 

 蕎麦を茹でる大釜が白い湯気をあげ、それが載っているかまどは、薪を燃料として使っていたころの煤あとがそのままのこっているし、色取りあざやかなタイル張りの流しも現役を誇っているようだ。そして、手前の水甕にはご主人が毎日仕込むつゆが容れられているようだ。かぶせられた木蓋は渋く色を重ね、この店の歴史を伝えてくれる。つゆは流しの右に置かれた小鍋で温められるのか。

 なにも足さない、なにも引かない厨房。できれば、この厨房で流れていく調理作業をずっと見ていたい。

 

 店は奥行きのある木造で、手前の土間席と奧に小あがりがしつらえられている。太い上がり框の土台には鹿児島で加治木石と呼ぶ象牙色の火砕流凝灰岩が使われているようである。

 小あがりに上がるとすぐ右の柱は囲炉裏で黒く燻されている。そして、その胴には、ほぞ穴がいくつか開いているが、どの穴も煤で燻された黒だ。開業した頃から天井を支えてきたのだろう。

 ご主人にそこら辺のところをうかがってみた。

 

 開業された先代(ご主人の父上)は昭和19年に加治木に大阪からやってきた。この店は、大きな造り酒屋の北はずれにあった麹藏を「そば屋をやる腕を活かす店として使えばよろしい。」と蔵主がゆずってくれた棟だという。それを先代が自分の手で改修して店に模様替えした。開業、昭和29年。ご主人は、その頃南側に続く酒蔵の広い建物を覚えているそうだ。ただ、今残っているのは、この店のところだけになってしまった。おそらくこの棟の構造体は戦前のものだろう。と。

 

 

 土間には厨房を囲むようにテーブルが、小あがりには厚板の食台がおかれている。くつろぎたい、雰囲気を楽しみたいという向きは小あがりの厚板食台を好まれるようだ。この町に住んでいた作家の椋鳩十と島尾 敏雄も一番奥の食台を定位置として良く話し込んでいたし、海音寺潮五郎もよく来ていたらしいよとサラッと話してくれたのはご主人の奧様。

 

 さて、品書きはと言うと、天ぷらうどん900円、天ぷら蕎麦1000円、めし200円のみ。知足の極みですなぁ。やはりここは、暖簾の白抜き文字通り天ぷら蕎麦を注文。

 

 

 ふつうの蕎麦どんぶりより広くてやや浅いどんぶりに、透き通ったつゆにゆるりと浸かった太めの田舎蕎麦、その上には野菜が主役の大きなかき揚げと色鮮やかなネギが盛られて運ばれてきた。どんぶりの横には、小皿に真っ白な大根の甘酢漬けが添えられている。

 つゆはすっきりとしているが薩摩人好みにほんの少し甘めに仕立ててられているようだ。蕎麦は太いがもっさりとはしていない歯触りのよい麺。そして、かき揚げにはたっぷりと混ぜてある黒胡麻が香ばしく、しゃりしゃりとした衣の軽い食感を拡げてくれる。箸休めに冷たい大根をいただけば言うことはございません。たちまち完食となる。

 つゆまで飲みおえた平たいどんぶりには、大黒屋の屋号が釉薬でいれてある。聞けば、加治木町内の知り合いの窯で焼成してもらっている、「新納」と言う姓の窯元ですよ。とご主人。

 

 見ると厨房の店側の壁に、ゴンドラを主体に配した四つ切りの古いモノクローム写真が貼られ、台紙に「ベニスにて  撮影 新納先生」とメモ書きがある。先の窯元との繋がりを訪ねると、窯元のお父さんです。という。県立歴史博物館黎明館の初代館長をされた新納教義先生です。と付け加えてくれた。

 食後のお茶と漬け物を愉しんでいる間にも、お客さんが次々と入ってくる。まだまだお話を聞いていたいところだが、席を空けて勘定を済ます。また、今度。

 

 店の外に出ると春先の暖かい日和だった。腹ごなしもかねてもう少しこのまちを歩いてみようと思う。

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大黒屋:定休日 日曜・祝日

    営業時間 9時から16時

参考・引用:姶良市デジタルミュージアム・Wikipedia

(M田)

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コメント: 2
  • #1

    R (火曜日, 05 3月 2024 22:46)

    鹿児島のこと大体わかった気になってましたが、まだまだ知らないことだらけです。
    加治木にこんな美味しそうなお蕎麦屋さんがあるとは…ありがとうございます。いってみます♫

  • #2

    新納平太 (火曜日, 01 10月 2024 23:13)

    島尾敏雄先生の事を調べたく、ネットサーチをしましたら、このブログを見つけました。

    大黒屋、生まれた頃から通っていたお店です。

    祖父が写真を送り、また、父が器を依頼さる、蕎麦椀を納めたのが、45年、35年ほど前になるでしょうか。

    最近なかなか帰省もままならず、なかなか伺えていませんが、詳しく体験を書いてくださいった事に、心が熱くなりました。