M田のぶらり旅・「なつかしの肥薩線 大隅横川駅から植村駅近くの温泉」

第21回 霧島市 「なつかしの肥薩線 大隅横川駅から植村駅近くの温泉」

 鉄道雑誌の紀行文風にあるようなタイトルになってしまった。

 お断りしておくが、私は乗り鉄、撮り鉄、呑み鉄など熱心な鉄道ファンではない。前回嘉例川駅を紹介したところ、読者のお一人から「横川駅もいいですよね。」とご推薦をいただいたので、かの駅と同時期に整備された鹿児島県最古のこの駅を訪れることにしたのだ。そして、遙か昔、高校時代に乗った肥薩線の風景を懐かしく思い出したのである。

 あのころ、伊佐方面から霧島山へ登るには、国鉄山野線で栗野駅を経由し、肥薩線に乗り換えて霧島西口駅(現在のJR霧島温泉駅)で下りていた。乗換と言っても、われわれ乗客はそのまま椅子に座っていればよい、車両がスイッチバック方式で山野線から肥薩線のレールに乗り替わってくれるのだった。このとき、景色の流れが今まで見ていた方向とは逆向きになったのを憶えている。栗野駅を出ると、一駅目が大隅横川、すぐに植村駅、次が霧島西口駅だった。ここではじめて下車し、高千穂河原行きのバスに乗り換えて、登山口にたどり着いていた。その時代、山好きの面々はみな横長のキスリングザックを背負っていた、混雑した駅などでの歩き方から蟹族と呼ばれていたなぁ。

  

 

 商店街に向かって建てられた横川駅舎は秋口の西陽を受けていた。ホームにはちょうど上りの列車が着いたばかりで、隼人、国分方面の学校に通っている高校生が下りてきたところだった。小さな無人駅を利用する人が思いのほか多いことに、わたしはすこし驚き、ほっとした心持ちになった。

  

 

 明治36年に建てられた駅舎は、木造平屋建て、切り妻屋根、桟瓦葺き、梁間四間(7.2m)、桁行十間(18m)、で、嘉例川駅より梁間、桁行きは一回り大きいが、プラットフォームの上屋や建屋間取りはほとんど同じ規格で造られているようだ。

 ただ、こちらのホームの柱には、先の大戦で機銃掃射の弾丸が貫通した痕が補修されずに残っている。山間の小さな駅に残されたこの傷痕は、通学のとき朝夕目にする高校生たちや駅を訪れる人びとに、平和の尊さを伝えてくれる空洞ではないかと思う。

 

 

 9月に入って少しずつ夕暮れが早くなってきた。人も去って静かになった駅を後にして、横川温泉に向かおう。ひとつ南の植村駅のすぐ近く、県道50号線沿いの田んぼの中にぽつんと建っている2階建て。飾らない、なにも足さない、なにも引けない、三拍子そろった気になる温泉だ。

 折しも、霧島山麓やまあいの田んぼは、刈り入れ前の黄金色に染まっていて、その中に彼岸花が赤いリボンのように咲いている。今、この温泉は一年で一番の風景に囲まれている。

 

 

 まだまだ残暑の厳しい中での仕事を終え、汗を流しに来られた先輩諸氏が四、五人入っておられる浴室は、5坪ほどか、浴槽は熱湯と温湯に分かれていてそれぞれ三畳くらいずつの設えだ。なによりうれしいのは田んぼに面して開け放たれた窓である。そこから見渡せる田園は、開放感にあふれているし、黄金色に輝く水稲の穂波は、絶景とは別な安心・安堵を農耕民族の私たちに与えてくれる景色だ。

 さて、刈り払い機の刃と燃費に関する話題で盛り上がっていた先輩たちから、横川温泉について話を聞くことができた。それによると、もともとこの温泉は国鉄の線路の向こう側にあったという。その後、現温泉の南の竹藪に五右衛門風呂が置かれ、地域の人たちに開放されていたそうだ。

 「切り傷にはとてもよく効くし、夏場子供にあせもができるとここに連れてくるのが常だった。飲用にもよく、いまでも焼酎の割り水には最高。今日も汲んで持ち帰るところだ。」と常連客ならではの詳しい効能と利用法も教えてくれた。

 しっかり温まった身体を田んぼに吹いていく風に当てると汗も少しずつ引いてくる。

 

 ここから、市街地に引き返して、霧島市横川総合支所を見て帰路に着こう。

 2014年1月に完成したこの庁舎は、弊社で製材、集成材製造、木材加工、構造体建て方を担当させていただいた。木材をふんだんに使用した室内は、ゆったりと落ち着ける空間が広がっている。町並みに合わせた色合いの外観は、霧島山麓のランドマークにふさわしい存在感をもって、訪れる人々を受け入れてくれる建物になっている。是非、立ち寄ってほしい木造庁舎のひとつである。

 

 

 薩摩はこれから本格的な秋を迎えて、楽しみの多い時季となっていく。

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横川温泉:入浴料200円 7時から22時 休業日第1、3月曜日 駐車場30台

参考:文化庁 文化遺産オンライン

 

(M田)

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コメント: 3
  • #1

    けんぞう (金曜日, 27 9月 2024 10:12)

    高校時代を思いだしました。
    黄金色の田圃を見渡せる温泉いいですね。
    横川の総合支所の庁舎も、駅舎同様
    歴史に残る様な風格ある佇まいですね。

  • #2

    しよ (土曜日, 28 9月 2024 10:41)

    いつも楽しみに読んでいます。
    山野線から肥薩線、大隅横川駅、霧島西口駅と懐かしい場所です。
    なかなか帰省できない身としては、故郷の今を知ることができて嬉しい限りです。

  • #3

    シカマユキコ (土曜日, 28 9月 2024 12:14)

    懐かしい〜!
    我らが青春、汽車と一緒にあったよね。
    横川温泉は知らなかったけど、200円は今どき貴重。今度、浸かりに行こうっと。
    木造庁舎もきっと素晴らしいでしょう。訪ねてみたいです。