メールマガジン第101号>稲田顧問

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★【稲田顧問】タツオが行く!(第57話)

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57.木造超高層普及への道のり

 年度末ということでもあり、この1年を改めて振り返ってみると、木造超高層のニュースをよく見かけたと思う。大規模建物の木造化の風は確かに吹いているようであるが、試みに農林水産省の木材統計を見直してみるとまた、別の側面が見えて来るのでそのことについて少し述べておく。

 木材統計によれば、我国における木材製品の供給量は、製材が約900万m3であるのに対し集成材は200万m3、但し主に大規模建物によく使用される大断面集成材になると1.8万m3しか生産されていない。また、CLTについても、世界全体でのCLTの年間生産量は100万m3に達しているのに対し、我国のCLTの年間生産量は1.5万m3に過ぎない。つまり、木材製品の多くは低層の戸建て住宅用のものであり、木質化の風が吹いているとは言うものの、大規模建物用の木材製品市場は残念ながら立ち上がっているとは言い難いのが実情のようである。

 さて、今更言うまでも無いことかもしれないが、大規模木造普及の最大のネックとなっているのは、建設コストが在来工法に比べ高いことである。木材製品の価格構造を見てみると、木材製品の素材となる原木価格は国際価格で、概ね1m3が100ドルと決まっており、今後素材価格が下がることは期待できない。その原木丸太から四角形の構造部材を造り出すわけであるから、そもそも歩留まりが悪く、さらにフィンガージョイントによるラミナの縦継、乾燥、平滑面を造るためのカンナ掛け、接着剤の塗布・プレス機による圧着など工程が複雑であり、コスト的に割高になることはやむを得ない。

 さらにそのようにして作られた木材製品もそのままでは建築に組み上げることは不可能である。接合金物や接合具を取り付けるために、さらに複雑な加工を施さなければならない。このような加工は、外国製の高性能な加工機が使われるのが通常であるが、このような加工機の導入には高額な設備投資を伴うことになり、零細な製材業者にとっては、その回収費も大きな負担となる。

 

 このような状況を打開する方策として、私は今まで以下のようなことを主張して来た。

(1)鋼との連携

 木材そのものはコンクリートと同等の強度を保有するとはいえ、靭性に乏しい材料である。我国が地震国であることを考慮すると、材積の多い床・壁は木材を使うことで建物の軽量化を図りながら、一方で建物を支える柱・梁については鋼構造とし靭性を確保するという考え方は、経済合理性から考えても有効な手段である。

(2)木材の軽量の利点を活かす

 材積の多い床・壁に軽量の木材を活用すれば建物を軽量化でき、かなり大幅な鋼材量の削減を図ることができる。さらに木材パネル制震壁を耐震要素として用いれば、制震壁が水平力を負担してくれるので、その分さらに鋼材量の縮減が可能となる。これらの縮減効果は最近の鋼材コストの高騰を考慮すると、馬鹿にはならない数値となる。

(3)工期の短縮

 元々工場生産が基本の乾式工法である木造建築は短工期である。この短工期の特徴を活かすことができれば、ビルの稼働時期が早めることになり、例えば賃貸ビルの事業者にとってメリットは大きいはずである。

(4)環境価値を活かす工夫

 建物の木質化を図ることにより、鋼材やコンクリートなど製造過程でCO2排出の多い材料の縮減が可能であり、また木材を使用することによる炭素の固定効果も期待できる。従って木質化によるCO2排出削減効果は大きく、それを活かすための工夫について、もっと積極的に取り組むべきである。

 

 と言うわけで、建築コストの問題が直ちに解決されることは期待できないことを考慮すると、超高層木造普及への道のりはまだまだ険しいと言わざるを得ない。

 それでここでは視点を変えて、昨年私が構造設計を担当した建物で、この問題を考える上で大変参考になると思われる建物があるので紹介しておきたい。

 熊本県の荒尾市に建設された「CLT-BOX-HOUSE」と呼ぶ、建築家の自邸で、CLTパネル工法により設計されており、接合金物には筆者等が開発した角型鋼管とLSB(ラグスクリューボルト)を採用している。 

 この建物の特徴は、CLTの利点を活かすことに徹していることである。CLTの断熱性能に期待して断熱材等の使用は極力抑さえ、また内装にもCLTを現しのまま活かすことや、外層も簡便なペイント塗装とすることで仕上げ費用も抑えている。

 ボルト接合を基本とすることから、解体や移築等も容易であり、環境にも良く配慮された建築と言える。

 木材をふんだんに使うことで、構造関係費用としてはやや割高となるが、木質パネルの良さを総体として活かすことで、全体工事費は合理的な費用で収まっている。

 今後大規模木造の普及の為には、在来の常識や枠組みに拘らない柔軟な発想が、建築計画の初期段階から発揮されることが必要と思う。逆にそれが、可能となれば大規模建物の木質化の風が本物の動きに変わる時期も早いのではないかと思う。この建物は、今後木造建築を計画するに際して、いろいろ参考とすべき所があるように感じたので紹介した次第である。

 

(稲田 達夫)