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★【西園顧問】木への想い~地方創生は国産材活用から(37)
「石造建築物とRC造は、同じ耐久性があると思うのは勘違い」
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私は、前回迄は「国産材の需要拡大に少しでも貢献できれば」との思いから、テーマを取り上げて来た。
今回は「木材需要拡大の競合となる、鉄筋コンクリート造(RC)や鉄骨造(S)への、過大過ぎる評価や誤解」と私が思う点について書いてみた。
戦前までの我が国の建築や構造物の大半は、木材を上手に使って造るのがゴク普通であった。振り返ってみると、木材全盛時代の建築物に関係した人達は、「木材の樹種毎特性や使用環境への対応について、幅広い知識を持ち上手に木造構造物の耐久性向上の条件」を取り入れていた。そして木材を幅広く利用しても「期待通りの長期間の利用を可能」として来た。
日本の特徴的気象である「夏の高温・高湿の環境」は、腐朽菌の発生やシロアリの生息にも最適な条件でもあるから、欧米や北米等に較べ「木造構築物の長期間使用には厳しい環境」である。そこを日本人は、柔軟性溢れる知恵と工夫でハンディーを乗り越えて来た。
要は国民の多くが「木造建築物の維持対策の基本」を知って建築し、その後の「点検と手入れ」も丁寧に怠らなかった事が、木造の長期寿命化と保全を支え、「独特の木の和風文化」を創り出して来た。
所が戦時中の空爆による戦災体験と、戦後の木材不足時代と重なった昭和25年に「建築基準法」が制定された事もあって、木造住宅用の建設基準は、大工の経験と技量に任せる事にして、都市部の防火や中高層建物の指導が主体となった。
その影響で、建物や構造物を造る人達も利用する人達も、残念ながら「木材利用の基本条件が常識外となってしまった」と思えてならない。
戦後復興期に建築需要が急拡大した事と、戦災体験からの過剰な防火意識を喚起した政策とが重なり、セメントと鉄鋼業界の需要が急増した。その結果、両業界は企業規模を急拡大させ資金力も豊富となり、その余剰資金を活かして更に技術開発力を大きく進展させた。
そんな時代に、林材業界人は「長年積上げて来た日本の伝統的木材利用の基本を忘れさせず、判り易く教えるべきだった」と思うが、「過去の栄光にアグラをかき、需要回復への対策が手遅れになった」事が、その後の苦戦を招く結果となった。
「木材利用の基本が、一般社会の常識から一時的にも忘れられた」事は、今になれば業界側に気の緩みが有ったと思えてならない。
昭和40年代になると木材の需要減少が顕著になった事で、木材業者も需要復活運動に取組み始めたが、一度失った「木材利用の基本的な常識と需要復活」は簡単では無かった。
50年代後半には、需要減少に伴い木材相場の低迷も始まり、木材業界も対策の遅れを取り戻すために本気で改革に取り組み始めたが、劣勢を取り戻すのは難しかった。(それは何れの社会でも同じで、大変な事だから良い時代に努力改善し続ける事が大切なのだ、人間は何故か気付かないのが困ったものだ。)
今から思えば「建築基準法が、木材利用を敵視したかの様な規定」となった事が、その後の改革が手遅れになったと考えられる。(昭和30年代には、国会や土木学会で「木材をなるべく使うな」との決議がなされたそうだ。)その上に、木材の利用促進に重要な基準値が数字化され難い面もあった事や、「一度決めた法律や基準を改正する難しさ」から、木材需要の復活や新規開拓には大変な努力が必要となった。
外国では当たり前の「高層木造や大規模木造」が建てられている事に気付き、「昔の日本は木の文化の国」だった事への復活作戦を始めると、国内の木材利用面での法規制や基準を元に戻す事の大変さを始めて知る人は多いと思う。
戦後の木造建築物を巡る経緯(林野庁作成資料より)
ミスマッチの要点は、木材需要の強力な対抗商品となった、「鉄筋コンクリート造(RC)」や「鉄骨造(S)」の営業拡大策と研究開発努力もあって、何時の間にか「RC造やS造は、100年以上の長期保存に耐える材料」との誤解が一般化した事が、木材側の対策が後手を踏み大きな障害となっている。
競合分野のセメント業界と鉄鋼業界は企業の大規模化と成長を続け、研究開発の努力により、自社の弱点は他資材と複合化する等で、高い性能商品を生み出し続けた。
私に言わせれば「人工的製品のセメント造」は、「天然自然物の石造」とは根本的に違い、「100年以上の耐久性とは別物」なのだが、人々に期待され需要を拡大させている。それは徹底的にマーケティングへ取組んだ努力であり、木材関係との格差は広がる結果となっている。
「天然の石」は数万年単位の時間を掛け、自然現象の中で圧縮され固形化されているので、自然に劣化する事は殆ど無い。しかしセメントは「人工的な工業製品」だから、普通の使い方をすれば、「天然の石」とは比べるべくも無く、雨水や空中に含まれるCO2の影響を受けると、10年も経てば劣化が始まる。「鉄も酸化すれば、サビ始めて劣化する」事は、誰でもが知っての通りだ。セメント業界も鉄鋼業界も、対策改善を目指しての技術開発と、使用上の工夫に努めて用途に応じた性能を次々と開発し、需要を開拓して来た。そして性能を数字化して需要側に広報する努力を続けた結果、納得する顧客を増やしている。競合商品として「敵ながらアッパレ」と言うしかない。
「耐火建築物にはRC造を」と簡単に考える人達が多い。セメントは材料としては可燃物ではないが、しかし一度火災に会えば強度は劣化し、再利用は難しい材料である。
木材の引火点は240~270℃で、発火点は450~490℃だから、小片や薄物は簡単に燃える。所が木材は表面から3㎜程度も焦げると、表面が炭化する事で防火層が生じ、木材内部までは燃え難い特性を持っている。鉄の溶解温度は約600℃だが、火災現場は1000~1200℃に上昇するから「鉄骨造の防火上の危険性」は大きい。アルミニウムの溶解温度は400℃程度だから、もっと火災には弱い。
内部の燃え残りとなる木材の強度を考慮し設計すれば、「1時間耐火や、面材を厚く使って、燃え抜けや崩壊を遅れさせる燃えしろ設計」の規定も活用出来る。「火災現場では木材表面は燃えても、構造体が短時間で崩れ落ちる危険性は低いから、人間が逃げ出すまでの安全な時間帯を確保」出来る。鉄骨造は火災が起きると「崩れ落ちる危険性」が大きい。
火災発生時に、建物は人間が逃げ出せるだけの時間を稼げる構造とする事が重要で、鉄骨造よりも遥かに木造建築物が火災には安全なのである。「木材の小片は燃えるから木造建築は危険」との発想は勘違いであって、「太く厚い木材を使えば安全性は高くなる事」を国民へ伝えるのは、木材業界の役割であると思う。
日本とは逆に、フランスや欧米では木造建築物の方が、鉄骨造より火災保険料が安い話を、もっと日本の消防関係者や火災保険会社は検討して貰いたい。(戦後20年間に建てられたバラック造りの木造は、防火対策では不適格だった。)木造でも燃え難い構造で造る事は十分に可能で、更に管理次第で火災の危険性は低下させられる。
RC造(鉄筋コンクリート)は、強度を補完する鉄筋と、不燃材のセメントを組み合わせた複合商品である。最近は木製品の芯部に鉄筋を挟み込んだ「複合集成材」(山佐木材のSAMURAI集成材等)の運用も始まっているが、「鉄筋で強さを補強し、表は木材の美しさと優しさ」を合わせ持っていると、梁材の寸法小型化への期待は大きい。(RC造同様に、木材も複合化して弱点をカバーすれば、用途が広がる可能性は大きい。)
セメントや製鉄業界は、製造過程でCO2を大量発生させるから、環境面からは大きな問題がある。逆に森林は成長過程でCO2を吸収し、酸素を放出し環境浄化に貢献している。
木造住宅を増やす事は「CO2を固定化する事で、街中にCO2の貯蔵庫を造ると同じとなり、伐採跡地に更新用の植林を行えば更にCO2を貯蔵し、環境問題の解決に大きく貢献」出来るのだが、単純な例なのに理解者は未だ少ない。
私はノルディック・ウォークの連盟事務局を手伝っているので、色々な場所で皆と一緒に歩く事が多い。自然や森林の中や歴史の話題の豊富な所が、楽しく歩けて健康寿命を延ばし頭の体操にも良い。所が最近の歩道のガードには「擬木の使用」を見る事が多い。「漢字の擬木」は、「木の偽物・まがい物」の意味だ。「自然を楽しむ」ための場所に、「まがい物」を構築するセンスが私には理解できないが、気付かない日本人が増えている。「まがい物」に慣らされたら、「日本の木の伝統文化の破壊に繋がる」と心配する。
公共の設計を担当する役人には、そろそろ頭を切り替えて頂きたい。更に森林や公園の歩道や階段に「天然石に似せた、まがい物のコンクリート製品」の使用も目立つ。私には「硬くて歩き難く、膝に負担」を感じるのだが、何とも感じない人々が増えている。
完成後数年間は新しさに騙されるが、自然石とは異なり10年も経過すると「石造や木製品は風格が出て来るのに比べ、コンクリート製や樹脂製品の劣化は早くて見苦しい」と私には思えてならない。(欧州の観光客に「日本は不思議な国だ」と驚かれた事が何度もある。東京上野公園には一部だが、木レンガや木チップを使っている、歩くと気持ちが良い。)
森林の豊富な田舎の方が「擬木等の使用例」が多く、「京都や奈良等の歴史を大切にしている街」では、「本物木材を使おうとの意識が高い」事が羨ましい。木材利用がメンテンス面から敬遠されて来たのは、木材の材種毎の特徴の学習や木製品の保存対策の基本を守らないからであって、基本を勉強して貰えば難しい話ではない。地方こそ身近に豊富に在る「地元産本物の木材活用」で、都会に負けてもらっては困る。
「鉄道用枕木」は漢字で「木」と書かれる通り、昔は木製品だった。今やセメント製品へ取って代わられているし、又「まな板」も「本物の木製板」が使われるのを見る機会は少なくなった。(本格的な和食関係者は、イチョウのまな板に拘っている。)
「字は体を表す」の意味を聞かれたら、何と答えたら良いのかを迷う時代になってしまった。
現存の「RC造の名古屋城」は、400億円以上の費用を掛けてでも「昔の木造へ復旧させる」と、知事の一声で決めたそうだ。「本物は木造でなければ造れない」のだ。
鹿児島でも御楼門が「銘木級のケヤキとヒノキを使って復建」が進んでいる事は嬉しい話だ。
名古屋城 天守閣木造復元イメージCG(竹中工務店作成)
「土木業界」との単語が有るが、「土と木の自然資源を、上手に使って街造りに努める人達」との、伝統的な日本語だと思っていた。所が何時の間にか「土と木は忘れられて、鉄とセメントを使う人々の業界」となってしまい、不思議に思っていた。(「コンクリートから人へ」等とのキャッチフレーズを使う人達には、私は違和感を持っている。「コンクリートから本物の石や木材へ」と言って欲しいものだ。)
最近になり「親水性の復旧工事」とか、「住友林業が2041年目標で、高さ350Mの70階建て超高層木造の実現を目指す」との発表(大阪あべのハルカスよりも高くなる)がなされる等、新しい木材活用の動きが始まっている。
「私の期待する土木業界の復活も近い」と、心ときめかしている所である。
(西園)