━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
★【稲田顧問】タツオが行く!(第23話)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「これまでのタツオが行く!」(リンク)
23.横浜MM21ランドマークタワーの構造解析など(2)
横浜MM21ランドマークタワーの構造解析についての、米国の高名な構造設計者であるル・メジャー氏との出会いの思い出については、前報で述べた。この建物について私に遺された仕事は、この建物の実現の可能性を構造設計の立場から明らかにすることであった。
横浜MM21ランドマークタワーの特徴は、1本の柱に対し直交する2方向以外に、斜め45度方向からも梁が取り付いてくる部分があること、そしてその柱が実は建物のかなりの荷重を受ける重要な役割を担う柱であることであった。
300m級の超高層ビルの場合、横力(地震力や風力)により生じる転倒にいかに対処するかが、重要なポイントとなる。そのために、周辺の柱にできる限り長期荷重が集まるような、構造計画を行うことが重要である。横浜ランドマークタワーの立面的に見た場合の末広がりの形状は、正に理に叶った構造計画と言えたが、これは建築家ヒュー・スタビンスと構造家ル・メジャーの協働の賜物と思われた。
直交方向以外に45度方向からも梁が取り付く場合は、丸柱(つまり円形鋼管)にするのが良いというのが、当時の私にとっての常識的な解であった。問題は、その丸柱をどのように設計したら良いかが、この設計の主要なテーマの一つであった。この柱は、先ほども書いたように、転倒を防止するため、鉛直荷重を集中させた柱にあたっている。その柱軸力は、うろ覚えだが確か、長期荷重で4000トン程度、短期荷重になると8000トン程度の力が働くことになる。通常の25階建て程度の事務所ビルの場合、柱軸力はせいぜい1000トン程度のものであるから、かなり途方もなく大きな軸力が働くということになる。それに対処対するために私が出した答えとしては、板厚100mmの鋼板で形成される直径1mの円形鋼管で強度が従来品より2割程度高い鋼材が必要ということであった。
そのような鋼材を造ることが可能かどうかということについて、先輩の山田周平氏に相談すると、「これはやはり東大の加藤勉先生に相談するのが良い。」ということになった。加藤先生は、私が卒業論文を書いた時に所属した研究室の教授であったが、私としては、大変厳しい先生と思っていた。今回の建物は規模も大きく、従来の日本の超高層ビルに比べても、かなり複雑な形状をしていたこともあって、どんなことを言われるか少し心配であった。
しかし、加藤先生に図面を見せると、独特の少しおどけたような口調で、「これはまた、随分頑丈そうな建物だね。まあ大丈夫だろう。こんな建物は、そう簡単には壊れはしないよ。」とおっしゃって下さった。その言葉に勇気を得て、高強度で極厚の円形鋼管が必要な旨の話をすると、以下のような3つのアドバイスを下さった。
① 強度を従来品より2割程度強くするには、炭素の量を増やして結晶にひっかかりをつける方法がよくとられる。しかし、これだとひっかかりがはずれると、脆く壊れることになるから、あまり懸命な解ではない。靭性を確保しながら高強度にするためには、調質鋼という方法がある。それは、鋼材に焼き入れ等を施すことにより、結晶粒を細粒化させることにより強度を向上させる方法である。この方法だと靭性もそれほど悪くはならない。
② 極厚の円形鋼管は、厚板を徐々に機械的に曲げて行き、円形になるまで加工した後、最後に縦の隙間をサブマージアーク溶接で縫い上げれば造ることができること。
③ 円形鋼管を造る場合の注意点としては、極厚の鋼板を曲げる際に塑性歪が蓄積することになるが、これは時間をかけて焼鈍すれば、その歪はきれいに除去できる。
ということであった。そして実際に仕事を進める場合、誰に相談すればよいか、あるいは法的な対応はどのようにすれば良いか等もわかりやすく丁寧に説明して下さった。一介の民間人の私に、温かい応対をして下さった先生に深く感謝すると共に、その1日で私は随分賢くなったような気分にもなったのであった。
(稲田 達夫)