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★【稲田顧問】タツオが行く!(第26話)
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「これまでのタツオが行く!」(リンク)
26.横浜MM21ランドマークタワーの思い出、その後
今回からは、第23回まで続けてきた私の若いころの仕事の思い出などの話に戻ることにする。
横浜ランドマークタワーの構造設計の基本方針は、加藤先生の貴重なアドバイスもあって、ある程度定まったが、その後の作業はかなり困難を伴うものであった。建物の形態が複雑であることと、節点数・部材数が膨大であることの2つが、困難の主な原因であった。この問題を克服のためには、非常に大きな連立方程式を解かなければならないという構造解析上の技術的課題もさることながら、コンピュータ利用上の工夫の観点から、解析だけに留まらない、膨大なデータの管理方法、各階で変化する複雑な構造図面の作成など、準備計算段階から、作図等最終段階までの一連の作業を如何に効率よく進めるかが特に重要と思われた。私としては、周到にそれなりの準備を整えたつもりではあったが、それでもデータ量が余りにも膨大であったことから想像を超えた大変な仕事であったことは間違いない。その辺の詳細については、建築学会の大会に投稿した論文があるので、興味のある方はそちらを読んで頂ければと思う。
その頃、私が特に関心を持っていたのは、人工知能(AI)であった。横浜ランドマークタワーのような複雑な建物の設計を合理的に進めるためには、AIのような設計支援ツールの活用が不可欠ではないかと考えていた。AIは、最近よく話題となっていることから、新しい技術と思っている方も多いかもしれないが、実は基礎技術の発想は意外と古い。1960年代には基礎的な考え方はほぼ出揃っていた。ただそれを効果があるほどに使いこなすためには、膨大な知識ベースと、それを処理する高速なコンピュータが不可欠であるが、その条件が整うのに、50年を要したということではないかと思う。
さて、話を本題に戻そう。構造設計というのは、分節化された技術の集積により成り立つ仕事である。分節化された技術とは、例えば荷重拾い、準備計算、鉛直荷重時応力解析、水平荷重時応力解析、振動応答解析、断面検定、保有耐力計算等の構造設計を構成する個々の技術のことであるが、それぞれには入力データと出力データ、それから入出力相互の関係を表現した関数が存在する。それらの技術(関数)は相互に矛盾が生じないようにコントロールされる必要があるが、そのためには何らかの支援ツールが必要と考えていたのである。
当時の三菱地所には資料センターと呼ぶ立派な図書室があって、様々な技術資料がおかれていた。その中に「AI大全」と呼ぶ、厚さ10㎝はあろうかという専門書が置かれていた。その中に「LISP」と呼ぶ人工知能言語の紹介があったが、関数型プログラミング言語という分類の中に位置づけられていた。なんとなくこのような方法を使えば、構造設計はもっと合理的に行うことができるのではないかと考えて、開発したのが、構造設計支援ツール「FACT」である。
当時よく用いられたプログラミング言語である、FORTRANなどは、手続き型言語と呼ばれるもので、関数(サブプログラム)の起動の手順を厳密にプログラムで記述しなければならなかったが、FACT法では、入出力データと関数の関係を記述するだけで、プログラムの起動の手順は示さなくても良いという点で、優れた手法であると思っていた。
当時のコンピュータ利用分野においては、CASE(Computer Aided Software Engineering)という概念が流行していたが、私はFACT法こそが、CASEの典型であると思っていた。CASEの調査研究が必要との提案文書を書き上げて、会社を説得し、能率協会主催の欧州2週間の研修旅行に参加したのもこのころであった。私が、38歳の時である。
日本建築学会大会学術講演梗概集(中国)1990年10月
(稲田 達夫)