メールマガジン第76>稲田顧問

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★【稲田顧問】タツオが行く!(第32話)

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32.新しい丸ビルの設計 -人工地震波の作成について-

 新しい丸ビルの構造設計を進めるにおいて、まず最初に取り組んだのは、地震外力をどのように考えるかということであった。何しろ丸ビル改築設計室が組織された1年前には、阪神淡路大震災があり、芦屋浜の鉄骨造の超高層マンション群で幅600mm、厚さ60mmという巨大な柱が破断したのである。

 この問題を克服するためには、地震動に関する新しい設計の考え方を導入することが是非とも必要と思えたのである。

 

 超高層ビルの構造設計では、振動応答解析を行い建物の応答値を求め、それに基づいて建物の安全性を評価するのが、通常の手法である。

 振動応答解析を行う場合、それに先だって固有値解析を行い、建物の固有周期を求めるのが通常である。固有周期とは建物の地震時の挙動に影響を与える重要な特性であって、建物の階数が多くなる(高さが高くなる)と固有周期は長くなり、建物の階数が少ない(高さが低い)と固有周期は短くなる。

 あるいは、壁の多い建物は固有周期は短く、壁が少ないと固有周期は相対的に長くなる。超高層ビルは、階数に比例して固有周期が長いのが通常である。

 

 次に、振動応答解析より求まる建物の応答値としては、まず変位応答、速度応答、加速度応答があるが、これらの値は、固有周期と深い関係がある。固有周期が長くなると加速度応答は小さくなり、変位応答は大きくなる。固有周期が短くなると加速度応答は増大し、変位応答は小さくなる。速度応答は固有周期によらず一定の値を示すのが一般である。

 一方、建物の損傷等を評価するために用いる指標として層間変形がある。層間変形とは建物の各階(床から床)の変形である。変位応答は固有周期が長くなると応答値は大きくなり、また変位応答は階数に比例することから、各階の応答に当たる層間変形は、「変位/階数」ということになるので応答値は固有周期によらず一定の値を示すことになる。 

 

 さて、建物の損傷を評価する指標としては、まず加速度と層間変形が重要であるが、超高層ビルは固有周期が長いことから、加速度応答は小さくなり、また層間変形も固有周期によらず(階数によらず)一定となる。従って、超高層ビルは強震時にも安定した挙動を示すことになるが、これが超高層ビルが地震に強いとする理由である。
 

 さて、この頃もう一つ地震動の特性を考える上で印象に残っている出来事があったが、それは、釧路沖地震のことである。釧路沖地震とは、1993年1月15日に釧路市を中心に発生した地震で、震源は釧路沖、地震の規模を示すマグニチュードはM7.5、最大震度は釧路市内で震度6の大地震であった。

 気象庁のデータベースによれば、釧路沖地震の最大地動加速度は919.3cm/sec2とある。阪神淡路大震災が、マグニチュードM7.3、最大地動加速度が818cm/sec2であるから釧路沖地震はかなり大きな地震であったということになる。

 

 しかし意外なのは、最大加速度記録が919.3cm/sec2とかなり大きな地震であるのに、被害状況を見ると死者2人、負傷者966人、全壊家屋53棟とあり、阪神淡路大震災の被害状況に比べるとかなり被害は小さい印象であった。なぜこのような差が生じるのか。 

 阪神淡路大震災は直下型地震であるが、釧路沖地震はプレート型の地震であると言われている。一般に地震外力を想定する場合、地動最大加速度と応答値の固有周期特性を考慮して設定されるが、ここにおいて地動最大加速度と固有周期特性以外に直下型地震の特徴を表現する新たなパラメータの設定が必要なのでは無いかと思うようになった。

 

 当時、東大の桑村仁氏の論文にエネルギー入力率という概念が書かれていた。地震により建物に投入されるエネルギーは、振動応答解析を行えば、求めることができる。当該地震の一撃の振動で投入されるエネルギー量を総エネルギー量で除した値が、エネルギー入力率であるという。

 通常の地震(例えば釧路沖地震)のエネルギー入力率は0.3程度であるのに対し、直下型地震のエネルギー入力率は0.7程度になるという。

 つまり、直下型地震の場合には、地震エネルギーの大半が一撃で投入されるということになる。これが、阪神淡路大震災で大きな被害が生じた理由だったのではないかと思われたのである。

 

 様々な、人工地震波を作る手法を駆使して新しい丸ビル設計用の人工地震波を作成した。その中でも最も大きな巨大地震を想定した地震波は、地震の総エネルギー入力量は基準法の定める極希地震の総エネルギー入力の2倍で、エネルギー入力率0.7という、阪神淡路大震災と同等の地震が関東に再来した場合の地震波を作ることができた。

 このような地震波を用いて新しい建物を設計することについて、過剰設計では無いかという批判もあったが、丸の内という特殊性を考慮すれば、問題ないのではないかというのが、私の結論であった。

(稲田 達夫)