社内報「やまさ」Vol.314 2000年(平成12年)12月号巻頭言
はじめに
この程10日間にわたって、オーストリア、ドイツ、スイスの木材工業関連を視察しました。視察が無事終わって、今心底ほっとしているところです。
三年前から、肝属木材事業協同組合で、会員各自の研鑽のため、年一回、国内、海外交互の視察をすることにしています。海外については、一昨年オーストラリアに行って以来二回目であり、今回も前回同様大きな成果を得たものと思っています。
オーストラリアの時は、鹿児島県工業技術センターの方が、研究のため同国CSIROに派遣されていました。そちらのご縁を通じての視察で、とても行き届いた計画、案内をして戴き、費用も驚くほど安くあがり、好評でした。参加者がそれぞれ自覚し、協力しあえば、このようなやり方は有効であるように思われました。
お世話になった方々へのお礼
今回も半年くらい前から良き案内者を模索していました。まずスイスにはローザンヌ工科大学に網野禎昭さん(さたでいホール設計者)がおられます。お電話をもらったときや、手紙、メールでのやりとりがあった際、さりげなくお願いをしていました。
京都大学の小松先生はかねがねヨーロッパに行くならオーストリアも是非行った方がよいと話しておられました。ご自身も機会があればまた行きたい気持ちがおありのようで、日程次第ではお願いできそうな感触を受けました。
ドイツは当社で来春導入する、ドイツの軸組工法用プレカット機械、フンデガー社K2タイプの国内総代理店である沖機械の社員が、ドイツメミンゲンの同社に駐在中であるとのことでした。これからのことから、参加者がほぼ十人くらい見込める段階になり、思い切って準備をスタートしました。
視察費をなるべく安価に抑え、なおかつ視察の成果を上げるには、良き案内人があってこそです。心を決してお願いした、頼りの三人の方々が快く引き受けて下さったことで、視察の成功は半分約束されたようなものでした。事実私たちのニーズを汲み取って、細部にわたる計画作りに始まり、案内までして下さり、これほど密度の濃い視察団は滅多にあるまいと思ったことです。この場を借りて厚く御礼申し上げる次第です。
ヨーロッパの秋
気温は鹿児島より少し低いくらいで、幸い天候にも恵まれました。風景も美しく、晩秋のヨーロッパを満喫できました。食事やビール、ワインもおいしく、基本的には和食党の私ですが、パンや特にハム、ソーセージがうまいことに驚きました。ワインもその地で、そこの料理と併せて飲むからだと思いますが、感激して、ローカルのワインをつい買い込みました。
オーストリアで特に感じたことですが、川の美しさ、自然さに驚嘆し、飽かず眺めました。私たちが子どもの頃遊んだ小川の雰囲気の、といっても小川というのはずっと大きな川が、水を湛えて広大な畑、牧草地を流れている様は、私たちが失った「自然」をまざまざと思い起こさせてくれ、呆然とするほどです。それを各所で沢山見ました。氾濫が少ないのか、あるいはその地の人々は氾濫ともうまくつきあえているのか。
ヨーロッパの特に地方、田舎の良さ豊かさに驚きます。我が国で今やほとんどの田舎の町が「過疎」であり、「過疎」と言うとき、「衰退」ということが対になります。それに比べ、私たちが訪問した幾つかの田舎の町、オーストリアグラーツ市郊外、ドイツメミンゲンなど、ごくごく小さな町ですが、教会を中心にこじんまりとまとまり、発展ともまた衰退とも無縁という印象を受けましたが、実によい感じです。
グラーツ郊外の小さな町にあるホテル(大野君の後掲紀行文に明らかな、グラーツ工科大学の先生にようやく見つけてもらった)では、中のレストランでカウンターによりかかって、立ったまま飲む人たちも多く、地元の客らしい多数の老若男女でごった返していました。そこの奥の席に収まった私たちは、よほど珍しかったか、異様だったか、とにかく地元の人たちから随分熱心に観察されたようでした。
木材工業に驚く
いま国産材工業で最大のライバルは、ヨーロッパの木製品でしょう。そんなに大きい国々ではないヨーロッパの木材輸出国に、どのような秘訣があって、かくも大きな競争力を実現しているのか。その秘密を見たいというのも、今回私の大きな課題でした。
グラーツ工科大学のシックホッファー先生の話によると、スチュリア州の人口100万人の内、18%が林業林産業で職を得ているという話でした。バスや列車の車中から見るヨーロッパは、見渡す限り畑ですが、グラーツからウィーンに向けて走る最中、或いはアルプス周辺に広大な森林があって、丸太の供給が力強く行われているとのことでした。製材も大規模なものがあります。私の得た答えは次の通りです。
スイスで見た二つの学校には強い印象を受けました。木造の校舎や寮も素晴らしいものでしたが、森林保護官学校という、一万haに一人配置される森林林業の専門家の養成学校、大工や木構造の専門家を養成する職業訓練学校、そういう専門家を養成する国や州や行政の本気さに畏敬の念を持ちました。
地方にある林業、製材、木材工業の進展は、広大な畑地で営まれている農業の力強さと共に、明らかに地方、田舎の生活レベル、活力を維持させているものと思います。
我が国でも農林業にもっと元気があれば、どんなにか地方の暮らしが豊かであろうかと思いました。
列車の車中にて
旅行から帰って次の週、広島から高知へ列車で行く用がありました。指定席車両を通り抜け、自由席に入りましたが、指定席の車両では、一両中二、三人しか座っていず、一方自由席車両はほぼ満席で、肩を突き合せて座っています。しょっちゅう通る検札の車掌は、何も感じないものなのでしょうか。
そして四国へ入って、ある駅から車両が一両はずされ、従って残りの車両の指定席が、自由席に変更になるとのアナウンスがあり、車両を移動する事になりました。その時「自由席に変わるその駅までは、指定券を持たない人は指定席に座らないで、立っていてください」というアナウンスがありました。恐らく何か些末な規則があって言っているのでしょうが、心の大事なもの、感受性を失っている、と思いました。
ドイツメミンゲンからチューリッヒまでの急行列車に乗った時のことを思い出したからです。
私たちは事前にお願いして、指定席を取ってもらっていたのですが、乗り込むと切符の番号の席の上のところに紙の札があって、そこに「メミンゲン~チューリッヒ」と書いてあります。私たちの一行12人分の、その二つの駅間の席が予約されているという意味でしょう。そして同じ車両の、その表示がない隣の席は予約されていない、つまり自由席ということで、近距離の乗客が頻繁に乗り降りします。予約が多ければ予約席が増えるもの、少なければ自由席が増えるものと思われます。愛犬を連れての乗客も、特に観光地に近づくと多くなってきました。
たまたま一週間の間に、我が国とヨーロッパの列車に乗り比べることになり、かの国のシステムに親和感を持っていることに驚いた次第です。
生活の豊かさ、暮らし易さ
都心を除く田舎のホテルでは、料金が宿泊と朝食、ワイン付きディナーを含めて、6000円を下回りました。今のヨーロッパはまさに買い時、行き時でしょう。
古い中世からの町、ルツェルンでのことです。市の中心部にある湖のほとりの一方に超近代的なビルがあり、一方に14世紀に出来た、有名な屋根付き木造橋「カペル橋」があります。湖の船上レストランで昼食になり、「軽く」サンドウィッチとワインの昼食ということにしました。風は冷たいですが、窓際の席は日当たりが良く、時に遠くに雪を抱いた山を眺め、大いに話が盛り上がりました。とてもワインの方は「軽く」すみません。ただあっという間に一時間以上経って、未だ食事が来ないので請求しましたら、どうも「話が弾んでいるようだったので、出すのを遠慮した」ということであったようです。
美しい風景、豊かな水量の川、おいしい食事と、大概の町で地元で作られているビールもしくはワイン。あの住みやすさ、落ち着きを作り上げているのは何なのか。
そして木製品を輸出できる競争力をもっていることの不思議さ。それを作り上げているものは何なのか。時にふっと考えるこの頃です。
(佐々木 幸久)
あわせてお読みください。
当時、高知県庁から一年間の研修に来ていた大野幸一さんの視察報告です。