九州に完成した木造橋

1998年(平成10年)5月1日発行「木材工業」Vol.53 No.5掲載


はじめに

最近南九州にかなりの規模の木造橋が相次いで完成した。平成9年3月宮崎県小林市に「杉の木橋」と、そして同じく平成9年11月に鹿児島県串木野市に「徐福橋」「仙人橋」の2橋とである。幸い当社はこれらの木橋の建設にタッチすることが出来た。その他九州内に建設された木橋は、ここ数年の中で、小規模なものも入れると、当社関係分だけでも十数橋に及ぶ。これら九州内の木橋について報告したい。そして木橋の施工の現場紹介と、今後の課題と展望を述べることとする。

 

1.九州の木橋の事例

1.1 宮崎県小林市「杉の木橋」

「杉の木橋」については宮崎県林務部の意欲的な取り組みで実現した九州地区初の本格的木造車道橋で、設計荷重は25トンである。上路式集成材2ヒンジアーチ橋であり、アーチ支間長は34メートル、現在この設計荷重での、この支間長はわが国最大とのことである。

 使用集成材は、スギ、ヒノキ、イタジイの3樹種であり、総計243m3である。

(財)日本住宅木材技術センター内に設置された「宮崎県木橋設計委員会(委員長秋田大学薄木征三教授)」によって計画ならびに設計がなされた。

 

この工事は集成材の製造から架設、工事完了まで正月をはさんでわずか4ヶ月という短期間の工期しかなかったが、それでも何とか工期内に完了することが出来た。それは発注者側の英断で、工事発注に先立ち、すなわち設計の進捗と平行して、数百m3の県有林の優良材を前もって伐採させておくなど、原木の手当を行っておられたことにある。工事受注後、当社は地元森林組合の手であらかじめ集積してあったこの材を核として、さらに同県内の木材数百m3を追加手当し、順調に工事を進めることが出来たものである。今後の木橋建設にあたって原木の手当は、特に県産材などの使用を指定する場合は、製造から架設までよりも、原木の調達の方が期間がかかるケースが多いことを念頭に置く必要がと思われる。

 スギ板の使用総枚数12,100枚で、材質は非常に優良であった。 

杉の木橋(宮崎県)
杉の木橋(宮崎県)


1.2 鹿児島県串木野市「徐福橋」「仙人橋」

建設省のモデル木橋の全国第1号であり、建設省の補助事業として、串木野市の発注によるものである。人道橋ではあるが、下路両弦アーチ橋で、幅5.0メートル、長さが31.5メートルのもの2橋という堂々たるものである。モデル木橋であるだけに、スギ集成材、サザンイエローパイン集成材、ボンゴシなど多様な材が使用されていて、総計は約200m3である。

 この橋は、平成9年11月21日に多くの市民参加の中、渡り初めが行われ、同時に同市の冨永市長の命名により、標題のとおりの橋名が発表された。

 

串木野市の中央部から、温泉で有名な市比野の方向へ、車で数十分のところに冠岳(かんむりだけ)とよばれる名勝があり、ここに大々的な公園の建設を行う構想がある。この橋は県道からその公園への入り口になるものであり、橋を渡ったところから数キロメートルにわたってウォーキングトレールが設置されている。

 これらの工事と平行して河川改修が行われているが、従来の土木工事と異なり、コンクリートむき出しでなく、自然や景観をなるべく生かした設計となっており、自然石や木などの素材を多用して建設されると聞いている。近隣の市民にとっての憩いの場となるだろうし、また多くの観光客を呼び込む中心的な存在になることが期待される。

仙人橋・徐福橋(鹿児島県)
仙人橋・徐福橋(鹿児島県)

 

2.建設省のモデル木橋

建設省のモデル木橋第1号となったこの串木野の2橋の計画、設計は(財)国土開発技術研究センター内に設置された「木橋技術検討委員会(委員長東京工業大学三木干壽教授)」によりなされた。この委員会で第2号以下のモデル橋の計画も、さらにいくつかなされているように仄聞している。いずれ全国各地にすぐれた木橋が建設されるものと期待している。


橋の建設と平行して、この委員会において、技術基準の制定のための作業が進められている。その作業の一環として、建設が計画されている地区の行政の協力のもと、近隣の研究機関を中心に、様々な実験が行われつつあるようである。串木野市の関連では平成8年度、宮崎大学地域共同研究センターおよび鹿児島県工業技術センターで様々な実験が行われた。中村徳孫先生、京都大学小松幸平先生、宮崎大学工学部瀬崎満弘先生、鹿児島県工業技術センター遠矢良太郎木材工業部長のご指導によるもので、テーマとしては次のようなものである。「木造橋における接合構造性能の確認実験」、「スギ集成材接合部における動的戴荷試験」「引っ張り曲げの両作用下における梁内の応力とひずみ分布」「木橋接合部の部分座屈試験」「二次接着試験体の接着部性能試験」で、その結果の一部はすでに土木学会、木材学会(支部大会を含む)などで発表されている。

 

九州内の木橋(当社関係分)

橋名 設置場所 使用樹種 幅員 橋長 様式 建設時期
虹の橋 佐賀市 ベイマツ 1.0m 7m 吊り橋 平成3年4月
上人力橋  鹿児島県溝辺町 スギ  1.5  30 トラス 平成3年7月
伊万里木橋 佐賀県伊万里市 ベイマツ  1.6  17 太鼓橋 平成7年8月
杉の子橋 鹿児島県屋久町 スギ  3.0  30  斜長橋  平成8年3月 
鑑元橋  熊本県南関町  スギ  1.5  桁橋  平成8年3月 
新造橋  熊本県南関町  スギ  1.5  桁橋  平成8年3月 
家綾橋  熊本県南関町  サザンイエローパイン 1.5  11  太鼓橋  平成8年3月 
資基橋  熊本県南関町  サザンイエローパイン  1.5  15  上路アーチ  平成8年3月 
北波多橋  佐賀県北波多村  ベイマツ  2.5  太鼓橋  平成8年5月 
県庁木橋  鹿児島市  サザンイエローパイン  2.5  太鼓橋  平成8年9月 
伊作木橋  鹿児島県吹上町  スギ  1.6  11  桁橋  平成9年3月 
杉の木橋  宮崎県小林市  スギ  7.0  38  上路アーチ  平成9年3月 

 

 

3.木橋の施工について

3.1 原材料

周知のごとく、木橋に使用される木材は、大別して二種類ある。ボンゴシ、イペなどの堅くて腐りにくい、いわば特殊な木材を使用するケースと、スギ、ベイマツなどの針葉樹を使用するケースである。後者の場合、主構造部を集成材とするケースが多く、当社のような集成材メーカーが手掛ける場合はこちらである。ベイマツは使い勝手がよいのだが、難点は防腐剤の注入が困難なことである。一昨年あたりから急に注目されはじめ、輸入が急増したサザンイエローパインについては、強度も高く、かつ注入性も良いとのことで大いに期待し、すぐに材料を調達しJASの安定度試験も受けたが、現在は使用をなるべく控えている。この材はベイマツと同等の材質との考えを持っていたが、むしろ使ってみた感じはラジアータパインに近いのではないか。

 

ラジアータパインは、ニュージーランドでも、そしてJASにおいても、未成熟部を構造用に使用することに制限が設けられている。木材の供給側も十分にそのことに配慮した供給をしているとのことであるが、サザンイエローパインの場合、JASにもその規定はない。しかし恐らくこれまで使用してきた感じでは、スギやベイマツとは明らかに異なっていて、この材についてもラジアータパインと同じような規定が必要だと考えられる。しかし供給側からそういう説明も聞いていないし、恐らくその認識はないまま、ベイマツなどと同じほどの選別基準で入荷するケースが大半ではないか。また使用上のノウハウについても、産地ではひょっとしてあるのかもしれないが、私たちの研究が十分でなかったように思われる。そのようなことから、少し様子を見た方がよいかもしれないと認識している。


3.2 防腐処理

現在私たちが設計に基づいて行っている処理法は、ラミナ段階でAACを注入するものである。この薬剤は無色無臭に近く、ラミナを乾燥してから加圧注入すればスギでもある程度の注入ができるので効果も期待でき、また接着効率も無処理材とほとんど変わらない。安全で非常によいのだが、なにぶん薬剤が高価で、かつ水溶性であるから注入の前と注入の後にそれぞれ乾燥、切削を行う必要があり、建設コストの増大の一因になっている。水溶性であるから、屋外で時間の経過と共に溶脱があるとすれば、効果の点に不安を残す。


モデル的に施工された秋田や長野でのいくつかの試みのなかでいろいろ問題があったとのことで、現在世論としてクレオソートの使用に否定的であるけれども、コストと防腐効果を考えるといささか惜しい気がする。使用部位は人の手に触れない部分に限られるだろうけれども、漏出が無くて効果も期待できる程度の適切な注入量というのはないものだろうか。あるいは色と刺激臭をもう少し緩和するような化学的処理は出来ないものだろうか。

 

3.3 材料製作と加工

30メートル、40メートルもあるような長大な橋となるとその部材も大きく取扱いに相当の神経を使う。部材製作の点からも、加工の点でも特殊な治具工具を使うことが多い。宮崎の「杉の木橋」でもいくつかの特殊な作業があったので、専用の加工のための道具を作り、終了後は解体した。中には工程に要する作業工数の約半分を、その加工を行うための専用工具作りのために要した作業もあった。

 加工精度は木橋の安全性や寿命に大きな影響があるものと認識している。実験の結果でも、初期ガタの問題、使用接合具の種類(ボルトかドリフトピンか)によってもかなり違う結果がでていた。

 

3.4 現場施工

木橋の施工現場は、土木現場らしからぬ雰囲気で、表現がおかしいかもしれないが、牧歌的である。木材の温かさ、優しさが現場にそのまま生きて、穏やかさをかもし出す。仮設現場もそれほど大げさでなく、見学者も安心して入場する感じで、安全管理の立場の者はあわてるほどだ。地組みの、あるいは架設の最中の木材の上に作業者がどっかり腰を下ろして弁当を食べている風景などは木造ならではだろう。

 

4.木橋建設における課題

木橋建設はまだ期間が短いだけに様々な課題をもっている。

4.1 コストおよび積算基準

木橋建設に要するコストは、通常言われているごとく、現在のところ他工法に比較して割高であることは間違いない。設計面、施工面で技術的に開発途次にあること、試行錯誤で不慣れな作業を行っていることもある。また「せっかく木造でつくるのだから」という思い入れから、計画段階からデザイン面などで発注者側が過剰な(とも言える)要求をすることもある。また設計側で資料不足や、事例不足から構造上安全のために過度の設計をしてしまうこともあるに違いない。これらは経験を積むうちに自然に解決されていくだろう。

 

現在発注の側の担当者が最も苦労しておられるように見受けるのは積算資料として歩掛資料が整っていないことではないだろうか。

 民間の仕事ならコストがいくらかかるかということよりも、いくらの価値がいくらの価格で出来るかとういことが大事だ。公共の工事ではコストがいくらかかるか。少々割高でも価格積算が正確であれば認めてもらえることを意味し、木橋のような新しい仕事をスタートするときは有り難いシステムである。したがってコストを正確に、公正に算出することが非常に大事であるが、これが大変な難事である。まだ現段階で、積算マニュアルがあるわけではない。担当者が真面目で熱心であればあるほど、膨大な時間とエネルギーを費やしている姿をかいま見た。したがって短期間のうちにこの作業を厳正に行うために、よりよい橋を造る、コストの引き下げのための工夫など、大変重要な仕事が二の次になるという不思議なことになりかねない。工事費算出のための何らかの、より簡易な、当面の便法を採用出来ないものだろうかという気がした。


4.2 施工業者の選定

木橋建設の際施工業者の選定が議論になるケースが多い。これまで当社が受注した受注形態は次の通りである。

①随意契約によるもの

②木橋メーカー(と当局に認定された)による指名競争入札によるもの

③一般の建設業者による指名競争入札によるもので指名を受け、元請けであるケース

④同上で、指名を受けず、下請けであるケース

以上の4つのケースを経験している。

それぞれの可否を論ずることは、発注者の立場、施工者の立場もあってなかなか難しい。また私たちも当事者であってみれば、言及するのに躊躇する気持ちもあるが、あえて述べることとする。

 

木造建築工事の場合は、木造躯体を作っても、内装、屋根などそれから後の仕事が多い。したがって総合建設業者の管理のもとで、木造専門業者が一部を担うことにも必然性があるといえよう。その点木橋の場合、橋台橋脚のいわゆる下部工を施工してしまえば、上部工の木造部を施工したら、それで完了というケースが多い。きわめて責任分担が明確である。

 

通常の橋梁建設では鋼橋、PC橋ともに専門の工事業界があって、技術的にも高度に集積されているし、社会的にも認知されているからそこが担うことになる。木橋の場合まだ時間的にも、建設件数からいっても、スタート時点であり、模索の時期だろう。

 木橋建設は、原木調達から、木材加工(それもかなり特殊な長大なもので、一定の知識と技術と設備を要する)そして建設施工までの幅広い実務能力が必要で、施工事例の少ない現況では、それを施工する体制が各地に整っているとは言い難い。ある程度の品質を求めるためにも、そしてコスト低減のためにも事例を積み重ね、技術と経験を集積する必要があるように思う。当面専門の施工業者が育って広域的にカバーする必要があるのではないだろうか。その後技術の移転をはかっていくことが最も正しいように考える。

 

本来木橋は林道を中心に建設されるケースが多い。そして建設の動機として様々あるものの、林業振興を目指してのプロジェクトであることも多い。したがってこれらの事業には本来なら林業木材産業の再度で取り組みたいものである。単独でやるということでなくても、いくつかの事業体が、それぞれが持てる機能を持ち寄って、一つのプロジェクトに協力して取り組むという状況ができればおもしろいと思うのだが。

 

おわりに ----木橋の展望----

モデル的な橋の設計施工から、さらにより一般的な施工に脱皮していく必要があるだろう。設計のための構造の資料や、積算のための資料の整備なども必要になってくる。


林道橋や農道橋では、他の工法との比較設計の競争にも挑戦したい。公正な参入の機会と、競争の場があれば、必ずそこに技術の向上や、コスト競争力が生まれる。木材加工はローカル産業で、地域の経済や活力と密接に連携している。もしコストが同じなら、ローカル度が高い技術を用いる方が、地域活性化のためにも良いはずだ。いま急に地元の加工産業が技術と設備で対応できないにしても、道さえ開けていればいずれ対応できる人が必ずでてくるだろう。あるいは前述のように業界内で協力して取り組む可能性もあるだろう。木材加工の新しい業態として一つの方向にも成りうる。


鉄などのいわゆる近代産業を中心とした我が国産業構造は、地域から製造業の存立基盤を奪い去り、地域社会の空洞化に一層拍車をかけようとしているのではないだろうか。公共工事による我が国のインフラストラクチャーの整備が、ただ単に交通の便や社会の安全の向上ばかりでなく、地域社会の振興も当然含むものとすれば、木材という地域の素材と、そして地域の人と技術で出来る可能性を秘めたマテリアルをもっともっと活用して良いはずである。それが地球環境の上でもプラスであるならばなおのことである。そういう視点で木橋を考えると、またいろいろ違った展開が見えてくるような気がする。

(佐々木 幸久)