(一社)日本林業協会「森林と林業」2020年(令和2年)4月号掲載
鹿児島では数年前から島津家の居城であった鶴丸城の御楼門再建の動きが始まった。当初設計では各種材料のうちの最大寸法は、断面が90㎝✕90㎝、長さが13mという巨大なものだった。このため多大な困難が予想されたものの、市民らの熱い期待を背に昨年1月から再建工事が始まり、このほど竣工、4月11日に完成式が行われる運びであると言う。鹿児島では幕末以降度重なる動乱や事件などで歴史的建造物が失われてきた。薩摩ぶりを示す名所の誕生に関係者の喜びは大きいことだろう。
また首里城が昨年10月、不審火による衝撃的な火災で、殆どの建物などが焼失した。観光の拠点として、或いは市民の憩いの場として賑わっており、関係者にとっては再建は今や悲願となっているだろう。再建のための国の有識者会議が設けられ、火災に強い建物造りのこと、再建のために必要な資材中でも瓦、木材、漆などの調達の困難が予想され、会議の主要な議題となっていることが報道などで確認できる。
「森林技術(2018年8月)」論壇欄に、文化庁文化財部主任文化財調査官上野勝久氏の論文「文化財建造物の保存を支える森林資源」が掲載された。一部を要約、引用すると、奈良時代に創建された東大寺大仏殿がこれまで2回災禍にあって、都度再建されてきた。「鎌倉期再建の大仏殿」では現在の山口県から長大材が供給された。そして「江戸期再建の大仏殿では、柱が心材に厚板を巻き付けた寄せ柱、いわゆる集成材となり」(略)。「つまり、中世には良質の木材が近畿圏で枯渇し、近世には大径材の減少が全国に広がった」と記している。そしてその結果、「昭和の大型建造物には台湾ヒノキが盛んに用いられ、(中略)最近ではアフリカにまで入手先が広がり(略)」、そして上野氏は文化庁が昭和50年から「文化財修理用資材需給等実態調査」を始めたこと、そして現在の「ふるさと文化財の森システム推進事業」に至る取り組みを述べ、着実に「保存修理現場への出荷実績」を上げつつあることを紹介している。
ただこのシステムはあくまで「第一に国宝・重要文化財の修理用資材を将来にわたり安定的に供給する」(同文)ことを目的とする取り組みで、「再建」に使用する木材のことは考えられていない。基本的にそれは文化財行政ではなく、木材、伝統建築側産学官の課題になるだろう。
我が国は全国に多数の木造の歴史的建造物があり、過去に焼失した遺構なども無数にある。鹿児島のように、礎石のみが残っていたものを百数十年ぶりに再建するという事例もある。加えて無数の災害大国でもある。これからも様々な局面で多くの「再建」が実施されていくだろう。そしていずれの場合でも、「以前と同じ木で」という声が出てきても不思議ではない。そして今のところは木材は何とか調達できるらしい。さる木造建築関係者の言に、「必要になったら金さえ積めば、木材はどこからか湧き出てくる」。いささか極端な言い方かもしれないが、そのような実態はあるようだ。
しかしこれは高齢級木材の資源持続性に考えを及ぼさない前近代的発想と言えるだろう。あるいはそれは「前近代」に失礼かもしれない。江戸期には「御留山」という資源保続のための精度があったというではないか。
「SDGs時代の木材産業」井上雅文氏ほか編著(日本林業調査会)に以下のような引用がある。「(1)土壌、水、森林、魚など「再生可能な資源」の持続可能な利用速度は、再生速度を超えるものであってはならない」(1992年ローマクラブ「持続可能な開発の原則」)。
同書の前書きによると、SDGsは2015年の国連サミットで採択されたアジェンダの具体的な開発目標であり、我が国でも総理大臣を本部長とする「SDGs推進本部」を設置したという。多くの人がこれに支持の表明を行い、賛同の裾野も広がりつつあるように感じられる。
本稿で述べている歴史的建造物の「再建」についても、SDGsの指針に基づき、「再生可能な資源」の「再生速度」を「利用速度」が上回ることが無いようにしなければならない。表現を変えると、「再生速度」を高める努力(対策)と、併せて「利用速度」を減らす努力に取り組む必要があるということになる。
国有林では「歴史的建造物や伝統工芸など木の文化を後世に継承していくために(略)活動のフィールドとして国有林野を一定期間活用」出来るように、各地のユニークな特性に根ざすそれぞれの「古事の森」という森林を造成している。しかし一般的には我が国で木材生産と言えば、基本的に住宅建築などに使用される数十年で循環する森林、木材が対象であり、この木材についての資源持続性は一応議論されている。
しかしながら全国的な需要を踏まえた大径長大な高齢級木材を組織的に育成している所や、全国の長大木材の必要量を掌握して成長量を超える伐採を管理統制するところは無いだろう。
それでも木の文化を標榜する我が国としては国家百年の大計として、林業、伝統建築関連の産学官連携による、「歴史的建造物の森」とでも称する、高齢級の森林資源造成に取り組むべきだろう。文化庁の「ふるさとの文化財の森」や林野庁の「古事の森」を先例とし、全国的なニーズを踏まえてより大規模かつスピードアップする。そして全国の長期にわたる再建計画を補足し、「利用速度は、再生速度を超えるものであってはならない」ように、資源管理のガイドラインを作り、必要に応じ利用、伐採を制限する権能を付するべきである。もちろん再建を抑制するのでなく、代替材を用いるよう指導すればよい。SDGs時代の歴史的建造物の再建にあっては、元と同じ木材を使用するとの主張は、「地域エゴ」とも受け取られかねないのである。過度に無垢高齢級材にのみこだわらず、取捨選択により集成材、CLTなどの資源持続性が確認できる材料を使うことも考慮すべきである。我が国ローカルの事業のために、アフリカやその他の後進国から資源を集めてくるのは収奪とも批判されかねないのがこれからのSDGs時代ではないだろうか。
筆者が所属する日本集成材工業協同組合の事業の一つに、「文化財など復元、修復のための材料を供給する事業」がある。趣意を次のようにまとめている。「近年城郭などの復元や修復が話題になっている。地域創生のためにも歓迎すべきことだが、それに利用される資源特に木材の調達に不安が起こっている。もともと我が国では資源に偏りがあり、このような事業に不可欠の高齢級大径材の樹木は極めて少ない。各地で行われる復元改修が盛んになってくると、ただでさえ乏しい貴重な木材資源が完全に枯渇する恐れがある(以下略)」
集成材には構造用、造作用、化粧貼り(造作、構造)などの種類がある。大断面集成材は、無垢木材だと2、300年生でなければ得られない長大大径材を、持続可能な資源とされる40~50年生の一般材から容易にかつ合理的な価格で供給できる。構造強度、防耐火面での設計にも対応しやすい。また化粧貼り集成材は、近年住宅の洋風化が進展して需要が急減、業界は苦境にあるが、繊細で職人技の集積であり一度途絶えればその技術の復元は難しいかもしれない。活用をはかり永く存続させるべき技術と思う。
持続可能なSDGs時代における歴史的建造物再建の在り方について提言を試みた。
(佐々木 幸久)