論点(2)驚きのアメリカ林業

「南日本新聞」平成16年(2004年)2月16日掲載


 平成四年、世界最大の林業・木材会社の一つウェアハウザー社の幹部による講演があって、社員と一緒に東京まで聞きに行った。

 その何年か前から、半導体、スーパーコンピューター、人工衛星、木材の四品目についての貿易摩擦が問題になっていた。木材に関しては「日米林産物協議」という二国間の専門会議が設置されており、同社はそのバックに付いていると当時噂されていた。

 私はこの交渉の動向が木材産業に大きな影響を及ぼすものと考え交渉の経緯をずっと追っていた。

 わが国では「木の文化」と言いながら近年木造建築に全く冷淡であり、専門教育でも木造分野は軽視されている。

 アメリカ側はこの会議でわが国の建築基準法が木造建築を過度に制限しているのは非関税障壁に当たると主張、交渉は輸入関税を含めアメリカ側の言い分をほぼ飲む形で決着した。わが国の完敗であり、国民感情としては釈然としないものの、どうもアメリカ側の言い分に理があるように思われた。

 ご指導を受けていた宮崎大学の中村徳孫名誉教授が「私たちが三十年にわたって主張してきても一顧もされなかったことが、アメリカが言ってきてわずか一年かそこらで通ってしまった」と、木材利用範囲が広がることには歓迎しながらも、わが国のありようを嘆いておられたことが忘れられない。

 私たちはこの政府間交渉の決着を見極め、木造建築の可能性を確信し現在の事業を創業した。その後建築関係の法令は木造建築緩和の方向へ年々着実に変わってきた。木造に関する研究も急速に進展、私たち産業側の技術も飛躍的に向上し三階建てや大型の木造建築、大型トラックも通れる木造橋が建築できるようになった。

 また、平成十二年の基準法改正を元に最近、私たちが行った実験で、四階建て程度の木造ビルの可能性が高まったと考えている。当時産官学の中でもほんの一握りの人たちがこつこつやっていたころと比べて隔世の感がある。

 さてその講演会の時、米国人講師のスピーチを実に流暢に通訳していた人は専門語にも通じていて、仕草や物言いから顔は日本人ながら半分アメリカ人の感じを受けた。立食パーティーに移った時、名刺を渡しながら挨拶したところ「ないな、かごっまな、高山な、あたいは根占の長浜やっど」。

 そうして見ればこじっくいで、目元に何ともいえない愛嬌があって、いかにも鹿児島人らしい。先ほどの何とはなしの軽い反感めいたものは瞬時に吹っ飛び、一遍に百年の知己のようになった。ちなみに長浜さんは現在、アメリカ大使館に商務官としてご勤務である。

 翌年、長浜さんのご案内でアメリカ西海岸の林業・木材視察に出かけた。シアトルの街は高層ビル街を除くと、私たちが泊まった四階建ての大きなホテルも商店街も殆ど木造である。見るもの聞くもの驚きの連続であった。

 そのとき感じたことで述べたいのは、「労働」の問題である。大変言いにくいことだが事実であるので、論点を明らかにするためにも書くべきだろう。

 一口で言うと、山、工場、建築現場での作業者の「働き」が違うのである。わが国と先方とで時間当たりの作業量でざっと見て三倍くらいの違いか。アメリカの作業者のいささか乱暴ながらパワフルな労働ぶりには驚愕した。こんな話をしても、だれもなかなか信じてくれない。「日本人は働き者」「日本人は働き過ぎ」という神話が、なぜか広く信じられている。

 林業のように、苗木作り、植え付け、下刈り、間伐、伐採と言う人手の積み重ねの事業にあって、もし生産性が三倍も違えば、その後の最終価格にいかに影響するかは火を見るより明らかである。このことは恐らく農作物においても同じような状況だと思う。

 この会社の林業経営は約七百五十万ヘクタールで、わが国国有林とほぼ同面積、二百五十万ヘクタールの自社林と国・州有林の長期伐採権を受けた「ライセンス林」とで成っている。このライセンス制は森林の活性化、経済効果の点で興味深いシステムであり、わが国でも是非導入すべきである。

 これだけの森林を背景に売り上げ一兆円(当時)、社員数四万人を超える産業が成り立ち、アメリカ政府を動かし、わが国に木材開国を迫る影響力を持つのである。

 森林の高度活用が経済、雇用にいかに貢献できるか、これはそのわかりやすい事例である。

(代表取締役 佐々木幸久)