第30回 姶良郡湧水町 「吉都線の町に湧く 黒温泉 癒しの前田温泉」
6月27日、平年より20日近くも早く九州南部の梅雨明けが発表された。県北部の田んぼはやっと田植えが終わったばかりなのに、猛暑の訪れである。
この時季、山あいを走る道端は、自生する合歓(ねむ)の木が淡いピンクの毛糸を丸めたような花を一斉に咲かせて、一年の中で最も艶やかに彩られる。花色の濃淡を愛でながら車を走らせるのも、夏空ドライブの楽しみではなかろうか。霧島山を廻るように走る九州自動車道を山と合歓の花を眺めながら北へ走ろう。
鹿児島空港をあとにして栗野ICで降りたら湧水町だ。ここは、鹿児島と宮崎の県境にある小さな町である。一級河川、川内川の本流が中央を縦断している盆地だ。川の両岸には肥沃な田地が広がり、山手には霧島連山の伏流水がこんこんと湧いている池や昔からの特徴ある温泉場が点在している。
国道268号線をえびの市に向かって、北上すると右に湧水町吉松庁舎が見えてくる。この地域は、平成の大合併以前はJR吉松駅を中心とした、田舎としては賑やかな街であった。さらにJRが国鉄だった時代には機関区が置かれ、官舎が立ち並び駅前商店街は活気に満ちていた。鹿児島県内において最後まで蒸気機関車が運行されていたので、当時高校生だったM田もSLを撮影したくて幾度となく通ったことを思い出す。
駅は今も変わらず肥薩線が走り、都城と結ぶ吉都線の始発駅ともなっているが、昭和の賑わいは遠くなってしまった。
さて、吉松庁舎からさらに北に進むと国道268号線はJR吉都線の高架をくぐる形で交差している。このあたり、川内川の右岸と左岸に小さな温泉浴場が点在していて、吉松温泉郷と呼ばれている。面白いことに、湧水町の案内を見ると、川の右岸(川西地区)は無色透明な温泉がほとんどで、左岸・東側(鶴丸地区)のほとんどの浴場には濃い褐色の温泉が湧いているとある。こちらは、全国的にも珍しいモール泉といわれる泉質だという。
入ったことのない鶴丸地区のモール泉を訪ねた。高架をくぐるとすぐ右に細い坂道が斜めに上がっている。この上り口のすぐ左に小さな看板がねかせてある。赤いポストに隠れた看板には「前田温泉」の黒い文字が見える。
駐車場は道脇も含めて、4~5台入るといっぱいになるほどの広さだが、ほかの車はなく、猫が番をしているだけだった。手前のサッシュ戸を開けると小銭受けが置いてあり、そこに湯代250円を入れる仕組みだ。声をかけるとおかみさんが奥からゆったりとした返事をしてくれる。
ガラリや文字の薄くなった泉質看板に歴史を感じる湯棟。手前の引き戸が男湯のようだ。左右対称の作りで、向こう側が女湯になっている。引き戸を開けると、一段上がった脱衣場は6畳ほど。おそらくこの棟が建てられた時のままの作り付けの衣棚があり、それを囲む柱や梁には前の建物のほぞ穴や細工あとが残っている。
サッシュ戸を開けると、浴槽に湛えられた掛け流しのお湯は黒く、まるで鏡のように浴室内の光景を映し出している。
浴室の真ん中に三畳くらいの浴槽、向こうに見えているのは温度調整のための浴槽だろうか。給湯栓やシャワーはない。大きい浴槽から直接お湯を汲みだして洗う昔からのやり方だ。
少し熱めのお湯につかると、肌がつるつるっとして、とても心地よい。泥炭層を通って湧くというモール泉の特徴だろうか、ごくわずかに酸い香りが漂ってくる。木炭を焼くときに蒸留される木酢液を希釈したような植物性のわずかな香りだ。色もいいが空気の香りもいい。鉱質の硫黄泉とは違う木質の柔らかさに癒される。
たっぷり汗をかいて外に出ると、おかみさんが小銭受けのところに座っていたのでお話を聞いた。創業は大正3年(1914年)、浴室は当時のままだという。湯棟もそのままだろうか、あるいは創業時の構造材を再利用して、改築されたのだろうか。いずれにしても、ここには110年の歴史がそのまま残されているのである。
前田温泉から山手に1㎞ほど入ったところに、「鶴丸温泉」とういう宴会、食事、宿泊のできる温泉宿がある。ここはHPもあるのでそちらをご覧いただきたい。この宿の玄関先から階段を数段降りたところに、JR吉都線の一番目の駅、鶴丸駅が設けられている。
今は無人の駅舎には、開通100年を祝う看板が掛けてあった。全線開通は大正2年とある。開通して1年後、鹿児島、宮崎の沿線から吉松駅に降り立った湯治客が、温泉郷の新築まもないそれぞれの温泉宿へと訪れる風景を想像しながら、単線の駅に吹いてくる風にあたっている。汗はなかなか引かないけれど、心地よい夏の湯上りを満喫できるいいお湯でした。
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前田温泉
住所:姶良郡湧水町鶴丸1281-2
電話番号:0995-75-2139
営業時間:7時00分~20時00分 不定休
参考:湧水町ホームページ
(M田)













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徳田 新之助 (月曜日, 07 7月 2025 16:03)
湧水町。かつてはかなりの活気があったのですね。
球磨郡へとドライブで向かう途中、近くを通ることが多いのですが、寂しい町という印象が大きいので今ではまったく想像できないです。
私の親戚も国鉄につとめていましたが、民営化の折 まったく違う分野の公務員に転職しました。民営化の際には国鉄職員の方も様々な思いを胸に抱いていたとは思いますが、難しいですね。
湧水町にも温泉、たしかに道中看板を多く目にします。
たまにはぶらりと湯につかりにいってみようと思います。
いつもありがとうございます。
しよ (火曜日, 08 7月 2025 09:32)
幼き頃の吉松駅の記憶が蘇りました。
叔母に連れられて鹿児島からの帰途、栗野で乗り換えて大口へ帰るはずが乗り換え忘れ、慌てて吉松駅で降りました。叔母の慌てぶりが不安を煽り、駅前の喧騒とは裏腹に、どんどん暗くなる夕暮れの景色とも相俟って、泣きそうになるのをじっと堪えていました。まあ、数時間後には帰宅出来たのですけどね。
今どうなっているのでしょう。前田温泉含めて訪れてみたい気待ちになりました。
けんぞう (火曜日, 08 7月 2025 21:49)
去年、吉松駅を訪れた事がありました。ローカル線の廃止された地域の駅前の賑わいの衰退は当然としても、嘗て国鉄の町として栄えていた駅でさえも閑散としていました。
記事を読ませて頂き賑やかだった昭和の時代の温泉街を思い出しました。
湯けむりの立ちのぼる坂道を、大声ではしゃぎながら進む集団。男たちは会社の法被、女たちはそろいの浴衣。旗を掲げた添乗員が「はーい、皆さん、こっちでーす」と叫ぶたびに、笑い声が空に舞った。昭和の温泉街には、いつも団体客の熱気が満ちていた。
駅前から続くアーケードには、土産物屋がぎっしり並び、店先には木彫りの熊やこけし、地元銘菓が山と積まれていた。観光バスが到着すると、町全体がひとつの舞台のように動き出す。旅館の女将が玄関で深々と頭を下げ、下足番が慣れた手つきで草履を並べる。客引きの声と三味線の音色が入り混じるその光景は、今では夢の中の賑わいのようだ。
今、その温泉街には静けさが流れている。個人旅行が主流となり、団体客は少なくなった。時代に合わせた進化ではあるけれど、あの、誰もが一斉に笑い、歌い、酔いしれた夜はもう戻らない。
けれど、夜の湯煙に目を凝らせば、今でもふと、幻のようにあの団体客の声が聞こえてくる気がする。
湯けむりの向こう、あの時代は確かにそこにあった。昭和という名の温泉街に(^^)
しかまゆきこ (金曜日, 11 7月 2025 10:50)
渋い!鹿児島の温泉は網羅したつもりだったけど、まだそんな名湯が隠れていたとは。不覚!
なかなか引かない汗を拭き拭き、昭和を想う。そんな時間を過ごしに、きっと、そのうち訪ねます。