M田のぶらり旅・「温泉郷の大衆浴場(4)指宿温泉郷 『村之湯温泉』」

第32回 指宿市 「温泉郷の大衆浴場(4)指宿温泉郷 『村之湯温泉』」 

 海外からの観光客でもにぎわっている指宿温泉郷で気になる大衆浴場を訪ねている。弥次ケ湯温泉、鰻温泉、そして浜ん湯、どこも地元ならではの、なんとも味わい深い温泉だ。 

 

 

 弥次ケ湯温泉から1㎞ほど南、指宿商工会議所近くの街中にある、「村之湯温泉」に立ち寄った。創業は明治15年とある。湯屋はこぢんまりとした平屋建て、150年近い歴史の中で何回か改築されているようだ。

 奥の家の縁側にすわっているお姉さんに湯代350円を渡して、戸を開けっ放した浴室にはいる。男湯は丸見えだ。脱衣場には年代物の効能書きが掛けられており、その下に9まで番号をふった板箱が横一列に並んでいる。入口の上に島津の殿様と西郷さんの写真が掲げられているのは、いかにも鹿児島の風情か。

 

 

 脱衣場から一段下に同じ大きさの2つの浴槽と洗い場が設えてある。浴槽は2畳ほど、6人も入ればいっぱいになりそうだ。手前の湯槽は熱く、向こうは温湯になっている。入ってみると湯船の底には厚板のすのこが沈められており、その下からと側面から温泉が湧いてくるのが肌に伝わってくる。ライオンの口から吐き出されるお湯にはない、優しさがある。そして、お湯には淡い褐色がかかっていて、浴室の風景が映しこまれるのがいい感じだ。

洗い場には給水栓はなく、昔ながらの湯船から直接汲んで流す式。あがるときには壁下のかかり湯をつかえば問題はない。

 壁に杉の三寸角を20㎝ほどの長さに切ったものが何個かきちんと並べてある。洗い場で寝湯をするための枕だ、かなり使い込まれている。もちろん試してみることにしよう。シックなタイル張りの床は心地よいはずだ

 

 

 寝湯を楽しみながら見上げると無垢の構造材が表しになっているのがうれしい。塩分のある泉質には木材が長持ちするのだなぁ。などとしばし勝手に夢想しながら過ごす。

 仕上げに飲み湯をいただこう。効能書きの第一に「胃腸病」とあるから、夏ばて気味+ビール飲みすぎ胃腸に喝を入れたいと思っていたところだ。大小の竹のひしゃくが用意されている。不用意に口に持っていくと火傷寸前の高温だった。くれぐれもお気を付けて。なるほど泉質表に源泉温度75℃と記されている。味はほのかな塩味を感じる程度でおいしい、匂いはまったく感じなかった。

入り心地も、飲み心地も大満足の「村之湯温泉」でした。また来ます。

 

 ところで、この稿の参考にするために指宿市「いぶすき観光ネット」をのぞいてみた。大衆浴場のメニューから「村之湯温泉」の詳細に入ると、紹介文が掲載されていたのだが、それは、ほかの温泉の一般的な紹介とは異質なものだった。

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昭和20年5月頃、今次大戦の天王山であった沖縄侵攻中の敵艦隊に対し、当時指宿海軍基地の勇士等が唯祖国の必勝を期し心おきなく当温泉場で身体を清めた後、勇躍特攻出撃して従った忘れ難き歴史的温泉であります。

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 指宿海軍航空基地があったこと、そして、そこから特攻出撃があったことを私は詳しく知らなかった。郷土誌で調べてみると、この温泉から北東に4㎞ほど、田良浜という村に、昭和17年から18年にかけて海軍水上機基地として建設されている。太平洋戦争末期、軍は特別攻撃隊を編成し、南方の米軍艦船を撃沈する戦略を採るに至った。

 本土最南端の指宿基地からも昭和20年4月29日から同年6月28日まで、「拙劣な下駄ばき水上機に爆弾と片道燃料を積み、見送る人とてないこの海から万感をこめてとび立ち、ついに還らなかった若き特別攻撃隊員が82人にも達した」小幡晋著『忘却の彼方に』326ページより引用。(指宿海軍航空基地哀惜の碑 裏面碑文)

 出撃前の隊員たちは、基地の隊舎からこの温泉まで浜沿いの道を歩いて来たのだろう。柔らかな湯に浸って、すこしはリラックスできただろうか。

 今年は戦後80年、節目の年ということばがメディアで飛び交っている。そんな中で同じ温泉に浸りながら、心地よさは基地の若者たちと共感し得たような気がする。しかし、出撃前の若者の心を慮ることなど、あの方々に対してとても無礼なこと、できることではないだろう。

 

 飾りのない、ただ湯船があるだけの村之湯温泉の浴室は、私にとって忘れ難いものとなりました。あらためて、良いお湯をいただきました。

 

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村之湯温泉:〒891-0401  指宿市大牟礼三丁目16

 年中無休・営業時間 8:00~22:00 

 料金 大人:350円 子供:100円 幼児:50円

 

参考文献等:

公益社団法人 指宿市観光協会HP いぶすき観光ネット

指宿市誌

小幡晋著『忘却の彼方に』

 

(M田)

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コメント: 5
  • #1

    徳田 新之助 (金曜日, 05 9月 2025 15:20)

    またまたいい温泉に足を運ばれましたね
    戦後80年
    戦争を体験した人はどんどん少なくなり語り部もいなくなってきたとききます
    先人たちが守った平和を、未来を、何より想いを大切にし生きていきたいですね

  • #2

    けんぞう (土曜日, 06 9月 2025 07:42)

    指宿といえば、これまで行ったのは大型ホテルの温泉だけで、広い浴場や整った設備に安心しつつ、非日常の華やかさを楽しみました。
    でも、特攻隊の少年たちが浸かったであろう地元の趣ある温泉にも行ってみたいなぁ。鄙びた佇まいの中で歴史を感じながら浸かる湯も憧れます。
    華やぎと重み、両方味わえるのが指宿なんですね。

  • #3

    しよう (土曜日, 06 9月 2025 10:14)

    それぞれの温泉の名称からして、ほのぼのとした地元愛が感じられて、湯に浸かってはいないけれど、あたたかい気持ちになりました。
    そんな温泉に特攻という何とも切ない背景があったとは…
    知っておかねばならないことを教えて貰いました。

  • #4

    清水真人 (日曜日, 07 9月 2025 13:53)

    戦後80年、歴史ある村之湯温泉の柔らかな湯と若き特攻隊員の無念な思いに、平和への誓いを遠くから新たにさせてもらいました。合掌

  • #5

    しかまゆきこ (木曜日, 09 10月 2025 08:31)

    鹿児島には、まだいい温泉が残っているなあ、と、ノホホンと読んでいたけれど、そんな歴史があったとは。
    海外に出ていて、日本で一番恋しく思うのは温泉と蕎麦。でも、もうこれが最後という思いで温泉に浸かるなんて辛すぎる。かつて、そんな若者たちがいたんですね。
    No more war!