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★【西園顧問】木への想い~地方創生は国産材活用から(52)
「日本初!木造ガソリンスタンドが出来ていた!」
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私は今まで「木造消防署が全国各県に建つ」ことを目指して、全国各地の「木造消防署の建築事例」を聞けば、訪ねて報告書を発表して来た。今まで、埼玉県秩父市消防組合、大分県豊後大野市犬飼消防署、宮城県仙南地区消防組合、東海道五十三次の亀山市関消防署、北海道北見市留辺蘂消防署の5ケ所を訪ねた。他にも3件ほどの情報を得ているので、趣味の世界にしては旅費は嵩むが、今後も出来るだけ木造建築物の需要拡大の参考になる取材を目指し訪ねたいと思っている。
そんな木造消防署を訪ねて回る私を人は「変わり者」と呼ぶが、そんな私でさえ予想もしなかった木造物件を教えられた。「大分県日田市に、木造ガソリンスタンドが出来ている」と聞いた時は俄かに信じられなかったが、日帰り見学も可能な日田市だったので「変わり者の私」は訪ねてみた。
「日本初の木造ガソリンスタンド」(2棟目への挑戦は聞かないそうだ。)に取組んだ人は、瀬戸製材株式会社社長であり、日田木材協同組合理事長の瀬戸享一郎氏だと知り、私は30年ほど前に先代と話した経験があったので、「なるほど瀬戸氏の息子さんなら」と思って訪ねた。話を聞くと「瀬戸社長でなければ、難題に取り組まなかっただろうし、完成する事も無かっただろう」と、つくづく思いしらされた。
法律上は「消防署やガソリンスタンドは、木造では駄目」と決められていないが、何故か消防関係者も建築関係者も、木材関係者でさえも皆が「木造は駄目だろう」と思い込んでいて、更に誤解が重なり木造ガソリンスタンドの建築事例が無かっただけだった事が判った。誰もが「ガソリンスタンドの木造化は絶対にダメ」と思いこんでいた理由は、ガソリンスタンドは周辺の凡てが火気関連品に囲まれた施設だから、「消防法の規制の塊みたいな建物」と思われていた訳だ。しかし瀬戸社長は、粘りと工夫と人脈で、難題をクリアーして完成した訳で、彼の「日本初の物件に取組んだ挑戦心と努力を、日本中の木材関係者や建築関係者に知って貰いたい。そして是非真似して貰いたい」と思ったので、報告書にまとめる次第である。
日本でも代表的木材産地である日田地区の中核事業者である日田木材協同組合は、傘下にガソリンスタンドを経営している「日田石油販売」を持っている。ガソリンスタンドは木材業界同様に過当競争の状況下にあり、この30年間で同業者が3割も廃業しているほど経営環境は厳しい。そんな中で高速道路のICに繋がる前面道路の拡張計画から、移転改築の話が出てきた機会に瀬戸氏は、「本体が木材業だし日田市は木材の街だから、ガソリンスタンドも木造で造りたい!」と日田市長に構想を話したら、「面白そう」と共感して貰った。そこで日田消防署担当者に掛け合ったが、「危険物取扱業種で一般消費者が出入りする事業所だから、木材を使うなんてNOだ! 建物の使用部材は全て1時間耐火の合格品でないと使用はダメ」と、聞く耳を持たないケンモホロロだったそうだ。それでも瀬戸氏は「1時間耐火をクリアーすれば良いのではないか? 更に木造で駄目な理由を文書で回答して」と繰り返し要望した。それが日本初の木造ガソリンスタンドの実現に至った理由のようだ。
そうこうするうちに市の担当者から、「市役所レベルで決められる問題ではない。本庁で決める問題だ」との回答を引き出した。地方行政は問題が起きると、一市民が飛び越して霞が関本庁へ直接に相談するのを嫌うが、本庁に問い合わせてみると「本庁で決める問題ではない」との回答を得た。と言う事はどちら側も決定せず中途半端な状況に終わらせると、解決までに相当な時間を食うことから、民間事業者は諦める事になってしまう。そこに気付いた瀬戸氏は諦めずに本領を発揮した。「国も地方も両方が決められないのなら、事業者で判断しても良いとの意味なのか?」と問い続けた。そして「自分達で判断し、努力して良いのでは」と考えて林野庁へも相談を始めた。東大林産科卒の瀬戸氏は、10年前に東大大学院建設コースに修士入学し「博士号の取得」に挑まれていた。
そして「木材事業者は、木材の最終利用者と同程度の建築学的な知識を持たないと、新しい木材需要の拡大開拓は出来ない」と考え、「木造建築推進セミナー」の開催を計画し自らも参加した。
セミナーの目的は「今後の木材需要拡大対策には、木材業界人が木造住宅設計や中大規模木造の設計基本を学び、設計業界や需要家と対等に話し合える木材関係者を養成したい」との高い目標であった。日本を代表する東京大学の教授を中心とした講師陣は、各種の審議会委員も勤められる事から国の制度決定の事情にも詳しく、その他に大分大学の建築構造学の先生や、木材需要途拡大に取り組んでいる著名な会社の社長、大規模木造に取組んでいる設計事務所や工務店社長等の協力を得て進められた。瀬戸氏は林野庁を巻き込むと、一緒にセミナーの先生達に木造ガソリンスタンド建設への挑戦を相談したら、皆が「困難だからこそ挑戦しよう」との協力体制が整った。
セミナー関係者の東京大学の先生達や林野庁のバックアップもあり、博多の長沢設計事務所と設計に取組み、構造体は地元の建築業界でも建築できる普通の木造構法を心掛け、防火基準のクリアーには、21mmの石膏ボード2枚の重ね貼りを採用した。また瀬戸氏は地元消防団に30年も参加していた縁から、その仲間達が協力するようになり、最終的には地元行政も協力することになった。規制緩和の交渉に3ヶ月を要し設計に1ヶ月、施工に3ヶ月を掛けて、平成28年12月に木造ガソリンスタンドが完成出来た。
木造ガソリンスタンドの検討を、国レベルで話し合う機会を造ったのが、瀬戸氏の偉大な功績だった訳だが、今回の経験で木造の新たな需要拡大対策は簡単では無いと知らされたからこそ、木材業界は格段の努力が必要と判ったと瀬戸氏は強調された。更にほとんどの大学建築科の現在の授業課目には「木造や木構造を教える講座」はほとんど無いそうで、その前に大学の建築科には「木材の活用知識を教える先生達も居ない」のが現状だそうだ。木造住宅の建築現場は、大工や匠の技にお任せと言って良い状況だから、日田木材協同組合では一級建築士を木造講座の講師に育てている。これからは九州内の各県木材事業協同組合等がもっと連携し、「木造構造物の普及活動を進める必要性」を提唱された。
瀬戸氏等が提唱した「木造建築推進セミナー」は既に第4回目を迎え、林野庁の補助を得ていても一泊二日の5回講座の受講料は5万円としているが、建築設計士を中心に今回も10名の参加者を集めたそうだ。
今回の物件敷地は662m2、ガソリンスタンド事務所棟は1階65m2で2階63m2の木造とし、キャノピー部分162m2は鉄骨造とした。他の一般のガソリンスタンドと同様のデザインとしたが、建築コストは鉄骨造とほとんど同程度で完成出来たそうだ。
初めての木造ガソリンスタンドの建設で、越えなければならなかったハードルとしては
① 法令的な壁 ②具術的な壁 ③目に見えない壁があり、それらの「役所の壁」を乗り越えるには、
「意地と粘りと根性が必要」だったと話された事が印象的だった。
申請では「木造で1時間耐火構造をクリアーするには、日本木造住宅産業協会が大臣認定している『メン
ブレン型を採用』すれば建築可能」であることが判り、その大臣認定で平成27年度には、全国38都道府県
で1700件の建築着工事例があるので、同じ様な申請をすれば建築可能であろうと地元行政と協議を始めた。
ところが「制度は法的には問題無いはず」だが、行政担当者が日本で初めての物件を認めるには想像以上の苦労があった。行政はまず「前例のない物件はやりたがらない。なるべく諦める様に仕向ける。時間切れ
をねらう。上級官庁に聞いたふりをして、そのせいにする。どうやって責任を逃れるかの行動が目立つ。
自分が決定権者だと民間に思わせようとする」等の行動が見えて来た。
そこで文書で回答を求めたことが、最終解決に大きく影響したそうだ。
申請当初の消防担当者の回答は「危険物施設の特殊性を考慮し、社会通念上、給油施設内建築物には木材を使用しないよう指導し、通常の耐火構造とすべきと考える。全国的には例がないようで、日田玖珠で認めると他にも普及する事が懸念される。以上が総務省危険物保安室の最終見解です」との回答があったそうだ。「決定的なダメとの指摘事項」は無かったので、諦めずに情報を集め粘り強く交渉した。
そして市担当者の最終回答文書は、「総務省消防庁危険物保安室に電話及び資料送付にて照会し、結果は危険物の規則に関する政令第17条第1項第17号の耐火構造に該当する。しかしながら、政令に適合するとしたうえで、出来る限り木造以外の耐火構造または不燃材料での施工を行政指導の範疇で、設置者に理解を求めるよう回答が有った所です。当消防組合といたしましては総務省消防庁見解に基づき、木造以外の耐火構造または不燃材料での施工となりますように理解を求め指導します。ただし、違法性は無く、最終判断は設置者に委ねる事を申し上げます」との文書が渡された。(読者の皆さんは一読で理解出来ましたか? 私は3回読み直した。)
この難解な文書を受け取ると、多くの人達は木造建築を諦めるだろうが、瀬戸氏は「設置者に委ねるとは、自己責任を覚悟すれば木造での建築でも良い」と解釈し、目的達成に向かって木造化へ着手する事にした。壁面は両面に21mm石膏ボード2枚貼りの施工で取り掛かり、土台材にヒノキを、他は日田杉を使い合計26m3の地元産材を利用し、オール国産材の「日本初の木造ガソリンスタンド」を完成させた。
ガソリンスタンドの主要客は地元産材の運搬車両達だから、「事務所が木造である」ことを大いに喜んだのは当然の話である。
「全国初の木造ガソリンスタンド(屋外営業用給油取扱所)」の説明資料には、「大臣認定された方式を採用する事により、地元無垢製材品と一般流通資材を利用し、地場工務店で施工できる在来工法を採用した。一般消費者が気軽に出入りする、規制の厳しい危険物取扱所の木造化が許可されたことで、木造建築の耐火性能向上をアピールできた」と木材の優位性が書かれている。そして「地元消防署等の行政との協議と説得に時間を要したが、前例の無い制度に対しての行政の抵抗を払拭できた。法令や技術以外の「目に見えない壁を如何に破る」か。そして当たり前のことを当たり前に、熱意をもって説得できた」と強調された。
完成時に、地元の大分合同新聞は半四段のスペースを使い「全国初の木造スタンド」を紹介した。当時の新聞コピーを見せてもらうと、日経・朝日・毎日・読売・産経・共同通信も好意的に紹介している。建築関連で権威のある「日経アーキテクチュア」も、全国初の物件として特別紹介している。日本テレビの「超問クイズ」の「真実かウソか」番組でも取り上げられ、「ガソリンスタンドは木造でも良いか?」の問に対して、回答者全員が外れたそうだ。そして「大分県に木造ガソリンスタンドが在る」と紹介した所、出演者達は「信じられない」との顔をしたとの事だ。
「第2の木造ガソリンスタンド」が国内に実現出来れば、「私の念願の木造消防署が全国各県に建つ日」も早くなり、更に他の物件でも木造建築物が増えて、木造が身近な存在となるだろうと期待する所だ。大分県立体育館「ビッグアイ」は、70メートル巾の木造建築物だが、地場工務店で十分に施工できる様な木構造となっている。
建築中は木構造の状況が見えていたが、内外装の仕上げ段階で「壁面に二重の石膏ボードが張り巡らされる」と、完成後は木構造とは見えなくなり、更にデザインは石油精製元統一であるので、「普通のガソリンスタンド」と何等変わらない仕上げとなっている。そこで事務所内に「木材の柱に、両壁面には二重に石膏ボードを貼った壁サンプル」を展示している。近くを通られたら是非とも給油に立ち寄り、展示サンプルを見て社員に説明を求めて欲しいものである。
(西園)